TRIGGER!
「そうですねぇ、四階の住人は“見分けがつかない”し、六階は・・・まぁ、ちょっと変わった医者てすけどね」


 言葉の意味なんてどうでもいい。
 要は、ここの住人は全員が全員、間違いなくロクでもない奴ばかりという事だ。


「そう考えると、隣の浜崎という男が一番まともです」
「まぁたまた、そんな事言っちゃってぇ。嫌いなんだろ、奴のこと」


 意地悪な笑みを浮かべて、彩香は風間を見た。


「さっき奴が出て来た時あんた、あからさまに嫌そうな顔したもんなぁ。いつもは気取ってポーカーフェイスなのにさぁ」
「じゃ、私はこれで」


 彩香の言葉を再度完璧に無視して、風間は部屋を出て行った。
 どうでもいいが、酒でも飲み直さないと二度寝も出来ない。
 タバコも残り少ない。
 彩香は仕方なく重い腰を上げて、近くのコンビニに買い出しに行く事にした――。




☆  ☆  ☆




 窓から入って来る風が少し肌寒く、彩香は身震いして目を覚ました。
 朝、風間が開けたままのカーテンが揺れている。
 まだ初夏と言っていいくらいのこの時期の夜風は冷たい。
 ふわぁ~あと大きく伸びをして、彩香はソファの上で起き上がった。
 テーブルの上には缶ビールがゴロゴロ転がっている。
 灰皿代わりに使っていた一本だけがかろうじて立っていて、その一本も、タバコの吸い殻が山になり、絶妙なバランスを保っている。
 だがそんな事には全く感心がない様子で、彩香はポリポリと頭を掻いて。
 よっこらしょ、と立ち上がると、開けっ放しの窓からベランダに出た。
 もうすっかり陽は落ちて、繁華街のネオンサインが眼下を彩っている。
 独特な喧騒が、ここまで伝わってくるようだ。
 今夜もまた、この街のあちこちで、色々な物語が生まれる。
 いい事ばかりじゃない。
 むしろ、陽の目を見れない輩がたむろって、ロクでもないバカ騒ぎを繰り広げる方が圧倒的に多い。
 誰が現れようが、誰が消えようが、誰も何も気にしない。
 そんな夜の闇に身を置くのは、嫌いじゃないが。
 いや、むしろ。
 彩香自身、夜の闇の中でしか生きられない。
 気が付いた時には、それが当たり前になっていた。
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