TRIGGER!
 彩香は少し頭を振ると、ベランダから下を覗く。
 そう言えばここの一階と二階は店舗になっていると風間が言っていたのを思い出した。
 どんな店なのかは聞いてなかったが、この繁華街の一角にある店舗だ、酒を飲ませない店である確率は極めて低い。
 引っ越して来たからには、確認しておかなければならない。
 その店が彩香にとって面白いものであるならば、飲みに行くのに都合がいい。
 最近は、どこもかしこもつまらない店ばかりだ。
 彩香は窓を閉め、クローゼットから白いジャケットを取り出して羽織ると、部屋を後にした。
 三階のエントランスから外に出て、階段を降りる。
 あのババァに遭遇しなくて良かった。
 管理人室の中は暗かった。
 ババァだから、もしかしたらもう寝ているのかも知れない。
 そんな事を考えながら、ジャケットのポケットに両手を突っ込み、階段を下まで降りると、彩香は改めてマンションを見上げた。
 建物の横に建て付けてある看板は、一つだけ電気が点いている。
 店舗も、空き店舗が多いらしい。
 見た目が古くもなく、こんな豪華な造りのマンション。
 繁華街の中心ではないが、人通りも多く、店舗を構えるにはそんなに悪い条件ではないだろうに。
 どうしてここは、こんなに空きが多いのか。


「ま、住んでる奴等がまともじゃねぇからな」


 一人ごちて、彩香は唯一電気が点いている一階の店のドアを眺めた。


【BAR AGORA】


 ドアに貼り付けられたプレートには、そう書かれていた。
 バーだから、酒は出る。
 そう確信して、彩香は重厚な造りのドアを開けた。
 入り口から店の中は直接見えなかったが、店はガヤガヤと話し声が入り交じり、少しは繁盛しているようだ。


「あらぁ、いらっしゃい!」


 愛想のいい挨拶が聞こえ、店のスタッフと思しき一人が、こっちに小走りで駆け寄って来る。
 彩香は即座に回れ右をして店を出ようとしたが、そいつに襟首を掴まれた。


「冷やかしじゃねぇだろうな」


 そのスタッフは、ドスの効いた声を出す。
 苦虫を噛み潰したような顔をしながら振り返ると、そこには、ピンクにいちご柄のドットをあしらったフリフリのドレスを着た・・・。


“男”


 が、立っていた。
 マリーアントワネットまがいの金髪だが、これは勿論カツラだ。


「・・・・・・」


 眉間にシワを寄せたまま立ち尽くしていると、襟首を掴まれたまま、無理矢理奥に連れて行かれる。


「今日の生け贄・・・じゃなかったお客さん、お一人様でご来店よぉ~♪」


 さっきとは打って変わって猫撫で声を出すピンク。
 猫撫で声だろうが何だろうが、声音がダンディなハスキーボイスなのは隠せない。
 わーわー、と、店の中が盛り上がる。 
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