TRIGGER!
「無理よぉ、この店で静かに飲もうなんて」


 言った途端、後ろの客が取っ組み合いを始めた。
 ビクッとして振り返ると、オカマちゃん達は止めるどころか、口笛を吹いて煽っている。


「ま、ここはお前好みの楽しい店だぜ? 飲めよ、引っ越し祝いに奢ってやる」


 いつの間にかジョージが隣に立っていた。
 片手にウイスキーのボトルを持ち、こっちに差し出して。
 だが彩香はそっぽを向いた。


「いらねぇよ」
「そう言うなって。心配すんな、これもここで一番安い酒だ」
「あらやだジョージ、上等なのもちゃんと置いてあるのよ?」


 カウンターの中で、桜子が言い返す。
 ジョージはがははと笑って。


「そりゃ悪かったな。ほら彩香、お近付きの印だ」
「誰もテメェとお近付きになりたいなんて思っちゃいねぇし、酒を貰う義理もねぇよ。しかも馴れ馴れしく呼び捨てにするんじゃねぇ」


 そう言って、彩香はジョージに背を向ける。
 ジョージはそんな彩香を、不思議そうに見つめて。


「もしかして・・・照れてるのか?」
「誰がだよ!」
「違うか・・・じゃ、飲まないんじゃなくて飲めない、とか?」


 立ち上がりかけた彩香は、ため息をついてカウンターの椅子に座りなおす。


「バカかテメェは。子供じゃねぇんだ、そんな挑発に乗るかよ」


 心底うんざりした様子で、彩香がグラスを口に運ぼうとした、その時。
 ケンカをしていたうちの一人が、殴られた拍子に彩香の背中にぶつかった。
 彩香はそのまま、グラスをカウンターにコトリと置いて。


「・・・上等じゃ・・・」


 顔中ウイスキーだらけの彩香のこめかみが、ピクッと痙攣する。


「ねぇかぁぁぁー!!」


 ガタン、と椅子から飛び降りると、彩香はケンカの中に突っ込んで行った。
 それを苦笑しながら見つめる桜子とジョージ。


「あれじゃ、陽介ちゃんじゃなくても拾いたくなるわねぇ、この街じゃ」
「だろ? おもしれぇ奴だよな」
「でも」


 言いながら、桜子はウイスキーで濡れたカウンターを拭く。


「これからよね。いくらあの子があぁでも、素人なんでしょ? 耐えられるかしら・・・」


 心配そうに言う桜子に、ジョージは少しだけ目を伏せた。


「まぁな。だがここまで来たら、もう戻れねぇ。後は、生き延びれなかったら死ぬだけの事だ」
「あんまり捻りがないわね、ジョージ」
「いいだろ、単純明快で」


 いつの間にか、関係ない客やオカマちゃん達まで入り交じり、店の中は大乱闘になっている。
 そんな中でも、何故か楽しそうに生き生きと動く彩香。
 ジョージは笑ってカウンターに座り直すと、ボトルからウイスキーを注いだ。
< 19 / 92 >

この作品をシェア

pagetop