TRIGGER!
 H市と言えば有名な温泉街を抱えている。
 名湯と呼ばれ、一年中観光客で賑わう街だ。
 彩香は温泉などには興味はないが、その街にも、旅館を取り囲むような形で飲食店街が広がっており、たまにそこの連中が気晴らしにこっちの繁華街に来て暴れたりもする。
 そんな街に関わっている女を、こんな夜中に連れ出すとしたら・・・やっぱり、真っ当な理由ではないのだろう。
 面倒くさい事に巻き込まれなければいいが。
 いい加減眠くなってきた頃、車はインターを降りて温泉街へ向かう。
 減速したのに気付いたのか、ジョージは目を開けて大きく伸びをした。
 ただでさえガタイが大きいのだ、両手を伸ばすと彩香の頭に当たる。
 心底迷惑そうに、ジョージを睨み付ける彩香。


「んで、ドアは何処だったっけか?」


 温泉街の入り口に辿り着くと、ジョージは暗闇に目を凝らす。


「ドア?」


 彩香は聞き返した。
 ジョージは頷く。


「あぁ、ドアだ」
「ここから二百メートル先にある旅館『和泉屋』の二階“胡蝶の間”・・・ですが」


 車は停車しているのにハンドルを握ったまま、風間は眉を潜めた。
 道には浴衣を着た観光客が歩いているが、ライトを消した黒塗りのこの車に関心を示す人はいない。
 風間の訝しげな声音に、ジョージは運転席と助手席の間から、顔を覗かせて。


「・・・簡単な仕事だって言ったよな?」
「さっきまでは」


 ジョージの質問に、淡々と答える風間。
 全く訳が分からない彩香。


「どうしたんだよ、さっさと女迎えに行こうぜ」


 彩香が言うと、ったくよぉ、と、ジョージはため息をついた。


「時間外手当、ちゃんと出してくれるんだろうなぁ?」


 ドアに手をかけて、ジョージは言う。


「手際次第です」
「俺も付いて来て正解だったな。テメェはいつでも走れるように、ここに残ってろ」
「・・・・・・」


 ジョージの言葉に、風間は黙ったままだ。
 だがジョージはどう受け取ったのか、いい子だ、と納得した様子で。


「彩香、初仕事にしちゃちょいと楽しめるかも知れねぇぜ。しっかり俺に付いて来いよ?」
「なぁんでテメェに仕切られなきゃならねぇんだよ」
「ボトル争奪戦よりも面白い事が始まるっつってんだよ。行くぞ」


 そう言って、ジョージは車のドアを開けた。
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