TRIGGER!
 車を降りて旅館が立ち並ぶ道をジョージと肩を並べて歩いてみるが、別段面白そうな事は何もない。
 道行く観光客はみな楽しそうで、彩香達の事など気にする様子は何もない。
 だが、彩香はどこか、さっき繁華街で感じたような違和感を拭えないでいた。


“誰も、こっちのことを気にしない”


 おかしい。
 観光客はみんなそれぞれ、旅館の浴衣を着ている。
 たまにそうじゃない若い連中もいるが・・・ジョージみたいな人相の悪い大男が歩いているのだ、すれ違いざまに、チラ見くらいしても良さそうなものを。


「分かるか?」


 歩きながら、ジョージは聞いた。
 何のことか分からずに、彩香はジョージを見上げた。
 するとおもむろに、ジョージは着ている黒いジャケットの内側から、何かを取り出す。
 何か――黒い、銃だ。


「なっ・・・!?」


 何してんだよ、と怒鳴ろうとした彩香は、言葉を飲み込んだ。
 たった今すれ違ったカップル。
 ジョージがこれだけあからさまに銃を取り出しているというのに。
 まるでこっちに気が付いていないように、笑いながら通り過ぎた。


「まさか・・・」


 彩香は渇いた喉を、ゴクリと鳴らす。
 こいつら、見えてねぇのか?
 その言葉は、口をついて出る事はなかった。


「そのまさか、だ。俺達ゃ今、透明人間なのさ!」


 言いながら、ジョージは走り出す。
 慌てて後を追い掛ける彩香。
 もう少しで、旅館『和泉屋』の門に着く。
 だがその時、旅館の入り口に何人かの男達の姿を見た。
 黒いスーツに身を包んだ、人相の悪い男達。
 彩香には分かる。
 こいつらも、自分と同じ――陽の目を見れない人種だ。
 その男達は、こっちに気付いたように一斉に振り向いた。
 同時に、各々懐から銃を取り出して。


「バカ正直に真っ直ぐ走ってんじゃねぇよ!」


 ジョージはそう言ったかと思うと、彩香を突き飛ばす。


「うわっ!?」


 彩香はよろけながら、『和泉屋』の門の角にぶつかりそうになった。
 同時に乾いた発砲音が辺りに響き、彩香は思わず身を縮める。
 真っ直ぐ走るなと言った筈のジョージは、バカ正直に玄関に向かって一直線に突っ込んで行く。
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