TRIGGER!
 曲がりなりにもお互いに夜の闇の中で生きているのだ。
 自分の責任は自分だけで負わなければならないこの世界、バカ女にそれを教えてやる義理は、彩香にはない。
 さっきタバコを貰ったが、ちゃんと礼は言った。
 そんな会話をしているうちに車はインターを降りて繁華街に向かう。
 そして彩香のマンションの前に着くと、車を降りて三階まで上がり、エレベーターで屋上に出た。
 喋るだけ喋って気を良くしている女は、どうしてこんな行動を取るのかという事も何も不思議に思ってはいないらしい。


「クラブ“パシフィック”までの道は分かるかい、アリスちゃん?」


 そんなジョージの言葉に、満面の笑みを浮かべる女。


「分かるわ。先生に一度、連れて行って貰った事があるの」
「そうか。じゃ、俺達はここでお別れだな」
「あら、寂しいわ・・・また会いたいな」
「あぁ、出来たら、また会おうな」


 屋上から三階に戻り、エントランスから女が出ようとした時。
 ジョージは女の手に、小さな錠剤を握らせる。


「なぁに、これ?」
「お肌がツルツルになる魔法の薬さ。しかも気分が上がる即効性の薬だ。嫌なこと、忘れられるぜ?」


 それを聞いて、女は笑って錠剤を口に入れた。


「気分上げて行かないとね!」


 じゃあね、と手を振り、女は出て行こうとする。
 だがふと、彩香の前に戻って来て。
 女は、右手を差し出した。


「あなたにも助けられたわ。ありがとう」


 女の右手首の、ピンクゴールドの時計が揺れた。
 彩香は嫌そうな顔を浮かべる。


「いいから行けよ、バカ女」


 女はクスッと笑って、マンションを出て行った。


「これにて一件落着、だな」


 うーんと伸びをしながら、ジョージが言った。


「何だよさっきの怪しい薬は」
「あぁ、あれか? 記憶を消す薬だとよ」
「さっきまでの記憶か?」


 そんな便利なものが開発されたなんて、聞いてない。


「ま、六階のヤツが考案した薬だからなぁ・・・どんな副作用があるか・・・」


 そう言えば風間は、六階に住んでいるのは医者だ、と言っていた。
 まだ一度も見たことがないが。
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