TRIGGER!
 と、そこにいたのは。
 タバコをくわえたまま峯口と同じように人間団子を見つめている、初老の男。
 髪の毛だけじゃなく口髭までもが、白に近い灰色だ。
 腰は曲がってはいないが、その身体全体から醸し出る雰囲気は、とても良くヨレヨレのスーツとマッチしていた。


「やっと話が通じる人間がいたな」


 峯口もタバコをくわえ、初老の男に声を掛ける。
 男はこっちに気付くと、にっと笑って煙を吐き出した。


「何だぁ? この店は社長のポケットマネーを出さにゃならんほど苦しいのかぁ?」
「まぁな。俺だって人間だ、たまにゃ人肌恋しくもなるさ」
「余ったら一人、こっちに回せよ?」
「老いぼれに当てがう女なんていねぇよ。つかどうだ? あれは」


 ライターでタバコに火を点けながら、峯口は人間団子の真ん中でまだ暴れている女を顎で指し示す。
 初老の男は苦笑して。


「あと10年若けりゃ喜んで連れて帰るんだけどなぁ」
「10年じゃ足りねぇだろうが、ジジイ」


 へへへと笑っているこの高田という男は、これでもこの街の警察署長だ。
 現場で平気でタバコを吸うようなじいさんが警察署長などと、世も末のような気がするが・・・長年の付き合いがある峯口にとっては、頭が上がらない数少ない人間の一人だった。


「で、何だってこの姉ちゃん、台風連れてこの店に来てるんだ?」


 黒服が持って来た灰皿を受け取りながら、峯口は高田に聞いた。
 高田はヒャヒャヒャと笑う。


「台風連れて来たんじゃねぇよ。この姉ちゃんが台風そのものなんだよ」


 へえ、と、そこで峯口は初めて、改めて人間団子の真ん中にいる女に視線を送る。
 会話の間もずっと暴れっぱなしのその女は、大の男が八人がかりで押さえ付けても、微塵も怯んではいなかった。
 華奢とまではいかないが、そんなに大柄ではない身体つきのこの女。
 年は二十歳か・・・それよりも下か。
 伸ばしたというよりは、勝手に伸びたというような髪の毛を無造作に後ろでひとつに縛り、暴れてそれが乱れるのも一切気にしない。
 ただ、気になったのは。
 女のその目つきだった。
 峯口はタバコをくわえ、ポケットに手を突っ込んだまま、八人に押さえ付けられている女に近付く。


「何だよテメェ!!」


 まるで、牙を剥く野犬だ。
 だが何処か、一瞬だけ、峯口は懐かしさを感じる。
 誰にも気付かれないくらいに口元を少しだけ緩めて、峯口は更に女に近付いた。
 そしておもむろに、女の腹に容赦なく、足蹴りを食らわせる。
 女は呻いて、その場に胃液を吐く。


「なっ・・・何すんだ・・・!!」


 身体をくの字に折り曲げながらも、女は顔だけをこっちに向けて峯口を睨む。
 だが峯口は更に、女の後頭部にかかと落としを決めて。
 2発、3発と繰り出される足蹴りに、女はもう誰にも押さえ付けられなくても動けなくなっていた。


「そろそろ息切れしてきただろ? お前も若くない」


 高田がそう声を掛けなければ、女の命がどうなっていたかは分からない。
 峯口は床に倒れ込んだ女の髪の毛をぐしゃりと掴み、こっちを向かせる。


「あー悪かったなぁお嬢ちゃん。一応ここ、オジサンの店なんだよ・・・だからつい腹が立ってな。ごめんな?」
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