TRIGGER!
 でも待てよ、と、彩香は思い出す。
 ここに引っ越して来た時、確か隼人が言っていた。


“四階は・・・見分けがつかないですし、六階はまぁ、変わった医者です”


 もうすっかり忘れかけていた。
 ここに引っ越してからジョージ以外の住人とは会っていないし、自分の住んでいる五階以外には用事がないから、足を踏み入れた事もない。
 見分けがつかない住人。
 あの、首のホクロ。


「安心しな、俺にも本当の姿は分からねぇよ。名前も知らねぇし、声も聞いたことがねぇ。ただ分かるのは、あのホクロだけだ」


 ジョージはタバコをくわえる。
 すかさず桜子が、ライターで火を点けて。


「あたしも最初は苦労したわよ。顔だけじゃなくて体型まで変装しちゃうんだものねぇ」
「ま、ありゃ変装の域を超えてるな。変身っつった方がいい」


 確かに。
 どうしたら子供からプロレスラーまで変化出来るのか。
 ホントにここは、まともな奴らがいないマンションだ。


「もしかしてよ、人間じゃねぇのかもな」
「何だよそれ?」
「オバケとか、アヤカシとか・・・?」
「バカかテメェは」


 彩香は呆れ顔でジョージを見る。
 その手の話は、トコトン信じない性分だ。


「ま、どっちにしろ彩香に好意を持ったのは確かだな。そのボトル・・・」
「一滴もやらねぇよ」


 あー何だよケチ、とか喚いているジョージを無視して、彩香は貰ったばかりのウイスキーを新しいグラスに注ぐ。


「かぁぁ~っ! やっぱ高い酒はうめぇな!!」


 これ見よがしにグラスをジョージにちらつかせ。
 その時、紫色の・・・グレープちゃんが、アイスペールを持ってカウンターにやって来た。


「ママ、アイスお願いね!」


 はいはい、と桜子は、氷をアイスペールに入れて。
 カウンターに手をついてそれを待つグレープに、彩香は声をかけた。


「おい、茄子」
「グレープよっ!!」
「どっちでもいいけどさ。おめぇがしてるその時計、どうした?」


 グレープの左腕には、何処かで見た事のあるピンクゴールドの高そうな時計が光っていた。


「あぁこれ? キャッツっていうホストクラブのお兄さんから貰ったのよぉ。いつも飲みに来てくれるお礼に、って」


 時計を撫でながら、グレープは言う。
 キャッツは、パシフィックの傘下の店だ。
 なぁるほどな、と、彩香は納得する。


「その時計、いわく付きかも知れねぇぜ? 例えば殺された女がしてた時計だった、とかな」
「何よぉ彩香、そんなに羨ましがらなくてもいいでしょ。悔しかったらホストクラブに何十万も落として来なさいよ」
「やだね」
「それに、いわく付きだろうが何だろうが、ぜーんぜん関係ないもんねー。これでまた今日もキャッツのヒロシくんにお礼を言いに行かなくちゃ」


 グレープはそう言うと、桜子からアイスペールを受け取ってボックス席に戻って行った。
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