TRIGGER!
☆  ☆  ☆



「・・・で?」


 心持ちこめかみをヒクつかせながら、彩香は隣に座る峯口に聞く。
 何故か右手にウイスキーが入ったグラスを持って。


「おう、遠慮すんな。今日はオジサンの奢りだ」


 峯口が経営する店舗のひとつ、クラブ『AYA』。
 この店のラウンジに、彩香は峯口と並んで座っていた。
 彩香が最初に峯口にボコボコにされた、いわく付きの店だ。
 もうすっかり、彩香が壊した店内は完璧に修復されている。
 それどころか、前よりもワンランク豪華になった気がする。


「あーこの店、お前に壊して貰って正解だったぜ。前々からリニューアルしようと思ってたんだがな、ウチの会社の予算がなかなか降りなくてな」


 ったく幹部連中がケチすぎてな、と、峯口は言った。


「だけどなぁ、せっかくワンランク豪華になったってのに申し訳ないんだが・・・俺の趣味じゃねぇんだよな。でも、やっと降りた予算・・・もう一度なんて言ったら俺、お尻ペンペンされるかも」


 めそめそと泣き真似をする峯口。
 彩香にしてみれば、そんな事はどうでも良かったが。
 気になる事が一つ。


「なぁ。何で聞かないんだよ?」


 今は、ホステスはこの席にはいない。
 峯口がまだ誰も呼んでないからだ。
 ボックス席に、二人きり。
 峯口はタバコに火をつけながら、ちらりと彩香を見る。


「あん? お前がこの店メチャメチャにした事か?」


 彩香は黙って小さく頷いた。
 お前なぁ、と、峯口は呆れた様子で。


「何で店壊したかなんて、聞いたところでどうすんだ?」
「・・・・・・」
「時間は止まってもくれねぇし、増してや戻るなんて有り得ねぇんだよ。んな過ぎた事いちいちギャーギャー突っつくのは好きじゃねぇ」


 それにな、と、峯口は続ける。


「たった一秒前でも、過ぎたら過去だ。俺は過去にはこだわらねぇ。未来にもな。過去はもうどうにもならねぇし、未来は“今”の結果でしかねぇんだよ。どうだ? そこら辺、お前の考え方と似てるだろ」
「間違ってもテメェなんかと一緒にすんな」


 彩香はウイスキーを煽る。
 峯口は笑って。


「あぁそうか。“こだわる”っていう言葉すらねぇもんな、彩香の辞書には」
「仕事じゃねぇんなら帰る」


 立ち上がりかけた彩香に、峯口は真剣に言う。


「仕事だって言っただろうが」


 ウイスキーを、一口飲んで。
 もしかしたら、今夜は『あっちの世界』ではなくここで仕事があるのだろうか?
 そう思った一瞬で、峯口はニッと笑って。


「たまには付き合ってくれよぉ、彩香。一回お前とゆっくり飲みたかったんだよぉ。お前仕事って言わねぇと付き合ってくれねぇだろ? だからちょっと、雇い主の職権乱用してみたんだよぉ」
「・・・・・・」


 本当に。
 これが雇い主じゃなかったらウイスキーぶっかけて回し蹴りの一つでもくれてやるところなのだが。
 プルプルと震える手でグラスを握り締めた時、この店を任されている秋田がボックス席に近付いてきた。
 彩香を見ると、微かに眉根を寄せて。


(よくもこないだはウチの店、メチャメチャにしてくれたなコノヤロウ)


 秋田の額には、そう書かれていた。
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