TRIGGER!
 素顔が全く分からない状態のこの女の何処を見れば、美人などと言う言葉が出て来るのか。
 もしかしたら峯口は、雛子の素顔を見た事があるのかも知れない。
 でも、あのマンションに2店舗営業しているうちの残り一つが、占いの館だったとは知らなかった。
 『BAR AGORA』に入り浸り過ぎて、二階の店舗が何なのか、気にもしなかった。
 まぁ、気になったところで占いの館など、微塵も興味なかったが。


「・・・何だよ、何か文句でもあんのか?」


 ウイスキーを口に運びながら、彩香はひたすらこっちを見ている雛子を睨む。


「うむ。お前の中は空洞だ。それも、無限に広がる果てしない空洞・・・虚無・・・だが心配するな。それはお前自身が気付かないだけだ。お前は本当に空洞なのかどうかを」
「・・・・・・」


 彩香のグラスを持つ手が、プルプルと震えた。
 そして立ち上がる。


「何だよこのインチキ占い師! 訳の分からん事抜かしやがって、バカにしてんのかぁ!?」
「まぁまぁ彩香。やるのは勝手だけどなぁ・・・やめといた方がいいと思うぜ?」


 片足をテーブルに上げて怒鳴る彩香に、苦笑しながら言う峯口。


「上等じゃねぇか、表ぇ出ろ!」


 喚き散らす彩香。
 だが雛子は、峯口に勧められた酒を断って。


「威勢がいいのは結構だが、体力は温存しておけ。じゃないと後がキツい。そして俺の占いは当たる。必ずな」
「そんな訳あるか! だぁからインチキっつーんだよっ!!」


 けしかけているのは彩香の方で、雛子は至って冷静だった。
 怒鳴り始めた彩香に、秋田はカウンターの横でハラハラしながらその動向を見守っている。
 だがその時、彩香はふと怒鳴るのを止めて店の入り口に視線を送る。
 何やらゾロゾロと、人相の悪い集団が入って来た。
 秋田はすぐに小走りで出迎える。


「いらっしゃいませ柴崎様、お待ちしておりました」


 柴崎と呼ばれた男に、彩香はピクリと反応した。
 五人のガードらしき黒いスーツを着た男達の中心にいる巨漢の男が、柴崎だ。


「へぇ・・・」


 彩香は俯いて、ニヤリと笑う。
 だがこっちにはまるで気付かずに、柴崎は黒スーツを引き連れて、奥へ向かって歩いて行く。


「今日もアズサちゃんをご指名でよろしいでしようか、柴崎様?」


 秋田が揉み手をしながら彩香達のテーブルの脇を通り過ぎようとした時。


「待てコラぁぁぁ!!」


 彩香はそう叫びながら、柴崎の前に飛び出した。
 黒スーツの一人が彩香に掴みかかるが、彩香はその胸ぐらを掴むと軽く背負い投げをした。
 黒スーツは他の客が飲んでいるテーブルを派手にぶち壊して床に倒れる。


「何だテメェ!?」


 他の三人の黒スーツが、彩香の前に立ちはだかる。
 柴崎はそそくさと、残りの黒スーツを引き連れて奥のVIPルームに逃げて行った。


「お客様! おやめくださいお客様!!」


 ひたすら慌てている秋田。
 ボックス席でウイスキーを煽りながらそれを見ていた峯口は、溜め息をつく。
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