TRIGGER!
「この方がここの六階の住人、水島千絵先生。優秀なお医者様です」
「・・・酔っ払ってるだろ、あれ」


 隣に立ち、そう紹介してくれた風間を見上げて、彩香は率直な意見を述べた。


「いいえ、彼女はお酒が一滴も飲めませんから」


 じゃあ絶対に消毒用のアルコールか何かで頭がヤラレてる。
 彩香は思う。
 歯医者の椅子に寝かされたジョージはもう、半ば気を失っているようだった。


「あれ? 麻酔かけてないのにぃ・・・どうして? って、えぇと・・・私、何するつもりだったっけ?」


 もう、何も言うまい。
 きっと風間も、そう思っているに違いない。
 そして彩香は、絶対に大怪我しないように気をつけようと、心に誓った。


「彼女はね、どうやら人より少しだけ、忘れっぽいらしいんです」
「・・・そんな医者・・・絶対嫌だ」
「はい。だから私も、撃たれたりするのは絶対に避けようと思っています」


 それには彩香も同感だった。
 忘れっぽい医者。
 世の中にこんなもんがいていいのだろうか。
 これが、このマンションに住んでいる最後の人物だ。
 本当にここには、まともな人間がいない。
 あ、でも、と、彩香は思い出す。


「この前のバカ女に飲ませた薬って、コイツが開発したのか?」
「バカ女?」
「いただろ。アリスとかいうバカ女」


 あっちの世界での記憶を無くす薬。
 確か、この医者が開発したものだと言っていたが。
 風間は頷いて。


「社長が言うには、彼女は天才だ、と」
「紙一重だな」


 彩香はタバコを取り出して言った。
 同感です、と風間が小さく呟いた。
 そのまま小一時間、マンションの六階の隅でジョージの手術が終わるのを待っていて。


「血~止めて~縫いつけて~はぁい、一丁上がり~♪」


 鼻歌交じりに治療が終わったらしく、水島千絵は彩香の元にやって来た。


「はぁい! えぇとぉ・・・ミチコちゃん」
「先生、ご挨拶が遅れましたが、彼女は峯口彩香さん、ここに引っ越して来た方です」


 風間がそう紹介すると、水島はまだ血がついた手でメガネを持ち上げ、じいっと彩香を見つめて。


「峯口・・・峯口ねぇ、どっかで聞いたわね。えぇとぉ・・・あ!」


 水島はピシッと彩香を指さして。


「あなた、陽介ちゃんの!」
「一応、親戚って事になってるけど」
「へぇ~・・・モモコちゃん」


 彩香の拳がプルプルと震える。
 そのまま風間を見上げて。


「コイツ一発殴ったら正常にならねぇか?」
「なりませんね、一発くらいじゃ」


 それにしても、こんな奴があんな薬を開発したのか。
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