TRIGGER!
 彩香はくるりと回れ右をすると、エレベーターの方に向かって歩き出した。
 ジョージには悪いが、これ以上ここにいたら、こっちが精神的に参ってしまう。


「ねぇ、心と体って、どうやったら分離出来ると思う?」


 背中にそんな声を聞き、彩香は立ち止まる。
 水島は続けた。


「今ねぇ、そんな研究に夢中なの!」


 今ねぇ、あの喫茶店のクリームパスタに夢中なの!
 お年頃の女の子がそんな会話をするように、この医者は言う。
 だがどう見ても、この女は30代、それも後半だ。
 彩香はゆっくりと振り返った。


「まさか、大きな衝撃受けたらあたしの精神が身体から離れるとか・・・思ったんじゃねぇだろうな?」
「あら、どうして分かるの?」


 わーすごーい、とか言いながら、パチパチと拍手をしている水島。
 彩香はその女の前に戻ると、ぐいっと白衣の襟首を掴んだ。


「あたしはテメェなんかに付き合うほど暇人じゃねぇんだよ。二度とそんな事しやがったら、今度こそぶん殴ってやるからな」
「暴力に過剰に頼る、その原因の多くは、幼少期に何らかの影響を受けた場合が多い。例えば」


 彩香に襟首を握られたまま、水島はメガネの奥から真っ直ぐに彩香を見据えた。
 そして、ニヤリと笑う。


「親からの虐待、またはいじめにあった」


 彩香の腕が、ピクリと動く。


「あらぁ? 虐待の方だった? 筋肉が硬直したのは最初の方だったから」


 水島が言い終わるか終わらないかの時に、彩香は拳を振り上げた。
 だが、振り下ろす直前で、彩香の腕が誰かに掴まれる。


「こんな細い子、お前が本気で殴ったら簡単に骨が折れちまう」


 ジョージだった。
 いつの間にか、彩香の後ろに立っている。


「あらジョージ、そんな所で何してるの?」


 水島はキョトンとして、ジョージに聞いている。
 何だかバカバカしくなり、彩香は水島から手を離した。


「帰る」


 短く言って、彩香は踵を返した。
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