TRIGGER!
 そろそろ、夕日が完全に沈む。
 それとは対照的に、だんだん空の群青は濃くなって行く。
 彩香は目を細めて夕日が沈む方向を見た。
 もたれ掛かっていた手すりから身を起こし、慎重に、注意深くある一点を凝視する。


「なんだ・・・?」


 呟いた拍子に、タバコの灰が落ちた。
 夕焼けの中に動く影。
 錯覚ではない。
 今この瞬間も、それは動いて・・・いや、飛んでいる。
 彩香は一歩、後ずさる。
 人間なのか?
 それにしては、動きが・・・。


“オバケとか、アヤカシとか?”


 首のホクロが目印の四階の住人に会った時、ジョージがこんな事を言っていた。
 当然、彩香はその言葉を、微塵も信じてはいない。
 この世の中、そんな不可解なものなど、居るはずがない。
 だが、跳躍する黒い影は、だんだんこっちに近付いてくる。
 彩香は無意識に、風間から渡された銃を手に持つ。
 すると、影は動きを止め、こっちの方を見た。
 しまった。
 見付かった。
 黒い影は、屋上で銃を構える彩香の方に向かって、ビルとビルの間を、まるでトランポリンでもしているかのように跳ねてくる。
 動きは早く、引き金を引こうとも、狙いが定まらない。


「・・・っ!?」


 それでも、彩香は引き金を引いた。
 両手に発砲の反動が伝わり、彩香は思わず目を閉じる。


「ダメじゃん、やたらとそんなの撃ったらさ」


 そんな声が、ほんの近くで聞こえた。
 恐る恐る目を開けると、さっきまで彩香がもたれ掛かっていた手すりの上に立つ人間が一人。
 彩香はもう一発、発砲する。
 だがその影は、重力を無視して再び跳躍し、彩香の真後ろに降り立った。
 すぐさま彩香は振り向いて。
 夕焼けの光を受けて立つその人物に、釘付けになる。


「あぁそうか、ここは峯口のマンションだったな」


 ニコニコしながら一人で納得しているのは、ショートカットで細身の女だった。
 人の事は言えないが、この女もかなり男勝りな口を聞く。


「最近しばらく会ってないけど・・・元気? お前んとこのオヤジは」


 彩香に銃口を向けられているにも関わらず、屈託の無い笑顔をこっちに向ける女。


「何なんだテメェは・・・人間か?」


 やっと絞り出した彩香に、女はアハハと大笑いする。


「人間に決まってるだろ。何だと思ったんだよ?」


 そう聞かれると、逆に答えられないのだが。
 黙っている彩香を、女は腰に手を当てて見つめて。


「ここにいる、って事は・・・峯口のオヤジの所で働いてるって訳なんだろ?」


 何故かこの女は、峯口を知っている。
 そして、この口ぶりだと、彩香が峯口の所でどんな仕事をしているのかも。
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