TRIGGER!
「ここで何してんだよ。それにあんた、どっちの側に付いてるんだ?」


 すると女は、キョトンとして彩香を見つめる。


「あたし? あたしはどっちでもないよ。まぁ峯口のオヤジとは知り合いだから多少アドバイスはするけどね。言っただろ、人間が何をしようと、あたしには関係ない」


 それになぁ、と、女は続ける。


「あいつら、今日に限って一から手作りカレー作るとかってさぁ・・・だからナントカっていうスパイス買って来いって・・・ここら辺じゃ、あの大型ショッピングモールにあるかないかの珍しいヤツなんだとさ。って、いけね!」


 何故か、女は慌てる。


「店が閉まる! 時間がないから最短距離走って来たのにぃ!」


 何の話やら、彩香が固まっていると。
 女は再び跳躍して、よっ、と手すりを乗り越えた。
 そして、彩香を振り返り。


「また会えるよ。えぇと」
「彩香」
「彩香・・・?」


 彩香が名乗ると、女は首を傾げた。


「ふぅん、彩香、ねぇ。オヤジに言っとけ、たまにはコーヒーでも飲みに来い、ってな。じゃまたな、彩香!」
「テメェこそ名前くらい教えろよ」


 ビルを飛び降りる女の背中に呟いた声は、女には届かなかったらしい。
 後に残るのは、頭上の暗闇と、眼下に広がるネオンの光だけだった。



☆  ☆  ☆



『BAR AGORA』


 そう書かれたプレートが掲げられているドアを開けたのは、まだ店が始まったばかりで、誰もお客がいない時間の筈だった。
 だがもう既に、先客がいたらしい。


「うっわー・・・珍しい、明日は雪か?」


 ジーンズのポケットに手を突っこみながら、彩香はカウンターに近付く。
 そこには、ジョージと風間が並んで座っていた。
 彩香にとっては、まさかの組み合わせだ。


「あ~彩香ちゃぁん。よく来てくれたわぁ!」


 まだイチゴやキウイやグレープは出勤してないらしく、カウンターの中で桜子が彩香に声を掛けた。
 だがその口調は、あきらかに『ほっとして』いる。
 その真意は、すぐに分かった。
 ジョージも風間も、顔のあちこちに擦り傷やアザを作っている。
 二人並んでカウンターに座ってはいるが、お互いにそっぽを向いて、一言も口を聞かない。


「何なんだよ、あれ」


 そんな二人を親指で示して、彩香は桜子に聞いた。


「もぉ~、さっき陽介ちゃんが二人の首根っこ捕まえてここに来てね、笑いながら言うのよ。『男同士の喧嘩なんざ、酒でも飲みゃすぐに仲直りすんだろ』って」


 あの二人が、あんなあからさまに喧嘩をしたのだろうか。
 いつもはジョージが風間をからかっても、風間がジョージの相手をしない形で、喧嘩にはならなかった。


「お店の雰囲気が悪くなると嫌だから、わたし陽介ちゃんに言ったのよ。それなら可愛い女の子がいる店に連れて行ってあげてって」
「そしたら?」
「喧嘩の原因が女なのに、そんな店連れて行けるか、って」
「マジかよ!?」


 彩香は驚く。 
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