真夜中プリズム
さゆきの手があたしの腕を掴む。どうしよう、困ったな。
やっぱりすぐに通り過ぎればよかった。なんで立ち止まったりなんてしたんだろう。
さゆきの必死な目。それから、遠くの部員があたしに向けているだろう目。
……なんだか、あのときのことを思い出してしまいそうだ。
あのときの、たくさんの人の、あまりにも感情が漏れすぎた目線。それまではどれだけ見られたって何も気にならなかったのに、あんなにも誰かからの視線が痛く感じるようになるなんて。
「センパイ、本当に陸上部に戻らないんですか?」
じわっと汗が滲んでくる。背中と、こめかみ。なのに指先はどんどん冷えていく感覚がする。
心臓はさっきからどんどん音を大きくしている。耳元で鳴っているみたいな。壊れてしまう直前みたいに。
「足はもう、治ってるんですよね」
もういやだよ。見ないでよ。あたしのことは忘れて。
もうやだ。全部やだ。
「ねえ、昴センパイ!」
早くこの場から、いなくなりたい。
──そのとき、スカートのポケットが細かく震えた。スマホにメールが届いた合図だ。
ごめんねとさゆきに言ってから画面を見る。真夏くんからだった。
『集合場所変更します。裏門にきてください』
助かったって思った。あたしはさゆきにもう一度「ごめんね」と伝えた。
「呼ばれてるから、もう行かなきゃ」
「昴センパイ」
「さゆきのことは応援してるから。頑張って」
向けた背中にさゆきの声が届くけど、あたしは振り返りはしなかった。
走らずに、歩いてだけど。できるだけ速く前へ足を踏み出しながら、校舎の向こうの裏門へ向かった。