真夜中プリズム
「失礼しまーす」
急に暑くなってから、職員室のクーラーの温度もぐんと下がったような気がする。
ドアを開けると冷たい空気が一気に流れ出すんだもん。まるで冷蔵庫の中でも覗いているみたいだ。
暑すぎるのはだるいけど、あたしはこんなとこより外にいるほうがずっといいな。
奥に行くたび冷たくなる、デスクの間の細い通路を、なるべく大人しく目立たないようにペタペタ足早に歩いて行く。
「高良(たから)先生。日誌、持ってきました」
「おう、篠崎か。ご苦労さん」
職員室の真ん中らへん、誰より汚いデスクの前に座る担任に、四隅がぼろぼろの分厚いノートを手渡した。
これでお仕事終了だ。次の日直は確か2学期まで回ってこないはず。黒板消したり号令したり、中身のない日誌を書かされたり、日直の仕事って面倒なわりに何ひとつ益がないんだから。
「もうほんとお前ら、もうちょいちゃんと書けよなあ。なんだよ所感のこの『パンがおいしかった』って」
高良先生がぺらぺらとノートを捲りながらため息交じりに呟く。咥えているのはよく舐めてる棒つきの飴。タバコをやめてから口が寂しくなってな、っていうのを訊いてもいないのに聞かされたことがある。
「まったくさあ、担任の高良センセーがイケメンすぎて困っちゃう、くらいのこと書けねえのか」
「書いて欲しいなら今から書きますよ」
「いいよ、なんか逆に悲しくなるだろ」
言いながら、日誌をパタンと閉じると、高良先生は眉を寄せて笑った。