I love you に代わる言葉


 それから十数分程度ボク達の間に言葉は無く、静寂が訪れていた。
 ボクは本を読み進めていたが、ふと、暑い、そう思った。
 窓から僅かに風が入るものの、それに涼を得る事は不可能に近い。まるで熱風だ。暑さに強い方だが流石にボクも汗が滴り落ちる。真夏だから当たり前だが、しかし妙な暑さだ。突然熱気に包まれた様な。
 今井を見ると、既に勉強などしておらず、「涼し~」と小さく声を洩らしテーブルにだらっと突っ伏しているではないか。涼しい……? と疑問に思った直後に気付く。首振りにした筈の扇風機が、今井にだけ当たっている事に。
 妙な暑さの原因はこいつだったようだ。何故人ん家で扇風機独占出来るんだ。
 ボクは腰を上げ手にしていた本で今井の頭をバコッと叩いた。今井はというと、「いでっ!」と声を上げ反射的に左手で頭を押さえた。そして素早く身を起こすと、口で言えよ叩く事ねーだろなどと文句を投げ掛けてくる。
 そんな今井を軽く睨んだ後扇風機に近寄り、それを乱暴にカチカチカチッと三回左に動かしボクの位置に固定した。そして元居た場所へ座る。
 今井は「あち~……」とわざとらしく声を上げると、またテーブルにだらっと突っ伏した。が、
「アンタそろそろ帰りなよ」
 そう声を掛ければ、今井はまたもガバッと身を起こした。
「まだ来たばっかじゃねーか! それに今日は泊まるつもりで来たのによー」
「は? アンタ勉強する為に来たんだろ。その目的すら果たす気は無いみたいだしさ。ならさっさと帰りなよ、邪魔だから」
「こう暑いと集中出来ねーんだよ」
 今井はそう言って他人の家であるにも関わらずごろんと寝転がった。何これ。今度は踏み付けて欲しいという事か。
 ボクは呆れながら今井を見下ろし、溜息をついた。
「だったら涼しい所にでも行けばいいだろ」
「ねーよそんな場所」
「図書館とかあるだろ」
「俺が図書館行くような男に見えるか?」
「見えないね」
 即答すれば、寝転がる今井がジトッと見上げてくる。睨んでいるつもりなのだろうか。
「まーいいや。勉強は夜にでもすっかなー。そん時勉強教えてくれよ」
「何でアンタ泊まる気で居るんだよ。勉強しないならさっさと帰れよ」
「てかあちぃ~……扇風機回せよ」
 ……こいつ……。
 駄目だ。こうやってこいつのペースに巻き込まれていくんだ。此処で一発でも殴っておくべきだろうか。しかし今井の言う通り、暑いのは暑い。扇風機などあまり意味を成さない。この暑さでそういった無駄な労力を使うのは遠慮したかった。
 こいつをどう処理すべきか半ば本気で思考を巡らせていると、突然玄関扉が開かれる音がした。
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