I love you に代わる言葉
 一体どのくらいの沈黙が訪れたのか知れない。長かったのか短かったのかもボクには解らなかった。
 ふわっと鼻につく臭いに思わず顔を顰める。香水と煙草の臭いだ。それが混じり合い悪臭となって運ばれてくる。女の右手を見ると、煙草を持っていた。ゆっくりと右手を上げ、煙草を噴かす。風貌も所作も、女の全てに品など見当たらなかった。
 沈黙を先に破ったのは女だった。真っ赤な口唇がゆっくりと開く。
「あんた、生きてたんだ」
 感情の無い声。酒に喉を焼かれた様な、汚い声。
 ボクの全身が一瞬で冷え切った。
 背後を振り返り、今井の様子を見る余裕はもう無い。
 ただ、目の前の女が憎くて仕方なくて、消してしまいたかった。殺して、やりたかった。
「じゃあ母さんも大変ね。未だに金送ってやらなきゃいけないんだからぁ。あんた今、それで生活してんでしょ?」
 億劫そうな喋り方、時折煙草を噴かして、それが何でも無い事の様にスラスラ言葉を並べる。
 ははっ、憐れむのは息子であるボクではなく、ボクに金を送っている自分の母親なのか。アンタの無責任な育児放棄の所為で、その皺寄せがアンタの母親に及んだというのに。尤も、その母親(ボクにとっての祖母)がそれに応じたのは、紛れも無く己の為だ。育児放棄という事で何らかの罪に問われる事、或いは世間からの目を恐れたに過ぎない。
 女の言うように、ボクは女の母親から金を貰って生活してきた。一時はそれを断固拒否し振り込まれたそれに手を付ける事もなかったが、こんな親に死んでもなりたくないという意志から高校へ行く事を決め、勉強は必死にやった。金はその為に使っている。残った金はケータイ代と食い扶持だ。そうしてボクは生きてきた。
 金があるだけ幸せだと言う奴も居るが、ボクが欲しいのは金じゃない。
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