I love you に代わる言葉


 暫くの間、ただ無言で扉を睨みつけていた。
 先程の不穏な空気は、女が去った事により少しは和らいだかに思えるが、ボクの心はそんな単純なものじゃなかった。憤慨、嫌厭、憎悪、渦巻く負の感情に叫び出したい衝動に駆られる。
 それでもボクは堪えた。
「……日生……」
 消え入りそうな何とも情けない声が、背後から聞こえるが、返事をする余裕は無かった。
 この感情をどう処理すべきかを必死に探るけれど、生憎と答えを持ち得ない。
 どうしてボクは、あんな女の下に生まれてきたんだろう。どうしてまともな人間の子でなかったんだろう。要らないならどうしてボクを産んだんだ。産まれたいと望んだ訳でもないのに――……。
 そうやって何度生を呪い、絶望した事だろう。
 ギリッと唇を噛んで、固く拳を作って、今にも口から零れそうな醜い感情を抑制する。
 本当なら、あの扉を打ち壊し、女の後を追い掛け、背後から突き刺してやりたい。
 それ程に……憎いっ……。
 ――俺はこんなやつ、いらない。
 ――あたしだっていらない……っ!
 ――光どころか闇にしかならない……っ!
 フラッシュバックする言葉。
 憎しみのあまり身体が慄く。憎悪に満ちる全身が熱い。このままあの女を焼き殺せそうだ。もうボクは、『人』としての形(なり)を保っていないかも知れない。喩えるなら、今のボクは『焔』だ。静かに燃える、群青の。
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