I love you に代わる言葉
「日生……」
 再び今井に呼び掛けられ、ゆっくりと顔だけを向けた。
 今井はハッと息を呑んだ。何か言葉を紡ごうとしているのか、薄く口を開くが、またすぐにキュッと結ぶ。それが三度くらい繰り返されたが、結局掛ける言葉が見付からないみたいだった。
 まぁそうだろうね、なんて何処か他人事の様に思う。
 今井の表情は苦しそうに、悔しそうに歪められている。
 女の言葉を聞き、ボクの家庭がどんな悲惨なものであるか悟ってしまったんだろう。そしてそれらは、こいつの憐憫を呼び覚ましたんだ。
 だけどボクは、その憐れむような目に酷く嫌悪を抱く。憐れむ事が出来るのは、ボクよりずっと幸福であるからに他ならない。
 その目から逃げる様に、スッと顔を逸らせば、声にならない声が、今井の口から洩れた。
 重苦しい沈黙だけが流れる。そっぽを向いた扇風機の羽根が回転する音がやたら大きく聞こえた。
 その長い沈黙を破り、小さく言った。
「……帰れ」
 が、今井は聞き取れなかった様で、「……え」と小さく洩らした。
 昨日の、好きって何なのかを問うた時と状況が似ていた。けど、今はそれより悲しみに沈んでいる。深く、暗い闇の底を見ている。
< 106 / 415 >

この作品をシェア

pagetop