I love you に代わる言葉
「おい、日生……今、なんて?」
 答えずにいればまたも問い掛けてくる。
 ボクはゆっくり、ゆっくりと振り返り、視線を合わせぬままただ静かに言った。
「帰れって言ったんだ」
「……、」
 今井のごくっと喉を鳴らす音が、重苦しい沈黙に響くようで。
 帰れと言っても今井はそこから動こうとはしなかった。微動だにしない。身体を思う様に動かせないのか意志を持って動かないのか、ボクには知る由も無いが、今は此処から早く立ち去って欲しかった。
「今日は……帰れ」
 努めて冷静に言った。
 こう言えば今井も納得するだろう。ただ乱暴に帰れと言っても多分こいつは帰らない。こいつの性格からしてボクを残して帰れないだろう。昨日である程度こいつの性格は把握した。こいつは意外に情に脆くお節介な奴だ。だから何としても此処に残る為の言葉を紡ぐ筈だ。
 けど、「今日は」と言えばこいつも引き下がる気がした。状況が状況だし、こいつのめでたい思考なら、明日ならまた来てもいいとこいつは勝手に解釈するだろうからな。
 今井は暫く無言でいたが、やがて「わかったよ……」と言って荷物を纏め始めた。その様子をぼんやりと見つめる。
 テーブルに広げた教科書類を、のろのろと鞄に入れていく。広げられた鞄から、泊まる為に用意された着替えがチラッと見えた。
 それに少しだけ胸の痛みを覚えたが、憎悪と虚無に勝る程それは大きくもなくて、結局始終無言でいた。



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