I love you に代わる言葉
「借り?」
 おねーさんは心底驚いた顔をした。元から大きな瞳を更に大きくして、ボクの目を見据える。きっとボクの言葉があまりに想定外だったのだろう。おねーさんに会いに来たよ、なんて爽やかに言う方が今よりマシな驚きだったんじゃないだろうか。
「借りって……誰にですか?」
「おねーさんに」
 ボクは顔色一つ変えず淡々と告げる。咀嚼が必要だろうか、おねーさんはきょとんとしている。思考が追い付いていないのは見て明らかだ。案の定、
「貸しを与えた覚えはありませんが……」
 そう言った。
 ボクはフッと鼻で笑った。……本当、バカじゃないの。
 ボクはもう一度右手の平をおねーさんに見せた。視線を一度手の平に向け、またボクの目を見た。未だ頭上には疑問符が浮かんでいる。言葉にしてやらないと理解出来ないみたいだ。
「手当ての、ね」
 そう言うとおねーさんの瞳はまた見開かれた。
「ははっ、意外だった? 万引常習犯がこんな事言うの」
 ボクは口の端を吊り上げた。おねーさんとは似ても似つかない不適な笑み。
「いえ……そうじゃなくて。正直思いもしなかった言葉でしたけど……。手当てなんて貸しの内には入りませんよ。私はただ血を拭いただけですし。手当ての内にも入りません」
 おねーさんはそう言って困った様子で笑う。
「別にそう思ってていいよ。ボクの気が済まないだけだから」
 ボクはおねーさんから視線を外すと、先日ガラスの破片が散らばった箇所へと向かった。見るとそこには、ボクが壊してしまった石と同じものが数個、皿の上に並べてあった。粉々になった訳ではなかったが、やはり傷物は処分したのか。借り、返せないかも知れない。
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