I love you に代わる言葉
 今井は大きく溜息をつくと、面倒臭そうに腰を上げ、のろのろと片付け始めた。これでもう今井も何も言われないだろうと思ったが、今井が空になったカップラーメンを捨てようとした時、今井の母親はそれを目敏く見付け、またも口を開いた。
「あら? 何なのそれは?」
「あ?」
 今井は母親の視線が己の手元に向かっている事に気付くと、「何って、見りゃ分かんだろ。昼に食ったんだよ」と言って、それをゴミ箱へ投げ捨てた。
「どうして一つしか無いの? 日生君は食べたの?」
「――ボクはもう捨てたから」
 ボクは横から口を挟み、嘘をついた。
 食べていないと知ればやたら心配されるだろうし、今井も責められかねないからだ。
 今井は驚いた顔でこちらを見ていた。
「あらあら、そうだったの。てっきり康介が一人で食べたのかと」
 母親はボクへと振り返り、眉を下げながら微笑を浮かべた。
「煩くしてごめんなさいね。康介ったらいつもこんな感じだから。片付けるまで少し待ってやって。――あ、それから、あまり気を遣わず、普段通りに過ごしてくれていいから」
「え・ああ、……ハイ」
 今井の母親は目を細めてにこりと笑うと、部屋を出て行く。ボクはその背中をぼんやりと見送った。
「サンキュ」
 今井は照れ臭そうに礼を述べたが、ボクは特に返事はしなかった。
 未だ片付けを行う今井の横顔を見やる。先程母親を間近で見て本当に親子そっくりだなと思う。やや釣り目がちでありながら鋭さの無い細めの目がそっくりだ。鼻は今井の方が高いからそこは父親似なんだろうか。口元も母親にそっくりだ。少し厚みのある唇、縦皺の目立つ乾燥気味な所まで似ている。
 母親の年齢は四十過ぎくらいだろうか。少々潤いに欠ける黒く長い髪の毛を後ろに束ねている。服装はTシャツにジーパンと何処にでもいるオバサンという感じだったが、何処にでもある優しさじゃない優しさを持っている人だ、そう思った。



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