I love you に代わる言葉


 それから十数分経過しても部屋は一向に綺麗にならず、最終的にボクも手伝う事となった。基本的にこいつは整理整頓が苦手なんだろう。
 綺麗に片付いた部屋で再びボクは勉強を、今井はゲームをしていたが、時刻が十九時半を少し過ぎた頃、階下から夕飯を知らせる声が届いた。
「行こうぜ」そう声を掛けられたが、一緒に食事を摂る事にボクはかなり抵抗があった。一緒に食卓について食すなど。
 そもそもボクは食事を摂る事が好きではなかった。勿論、何も摂取しなければ身体は栄養を欲するが、ボクは基本的に一日一食で十分な人間だ。
 食事を摂る事が好きではない理由は簡単だ。そこに良い思い出など無いからだ。
 幼い頃は、それでも食事を与えられていた。だけどそこに会話など無く、互いに黙々と平らげるだけ。あるのはテレビの音声と咀嚼音のみ。小さい頃は苦痛と言うより不思議に思うだけだった。だけど小学校中学年くらいになると、それが普通でない事と知る。そして次第に苦痛に思うようになる。中学生になり母親が家に帰らない事が増えると、食事は自分で何とかするようになった。何とかすると言っても、適当に買って食べるだけ。手作りの食事を摂る事は殆ど無くなった。
 その内ボクにとって食事を摂る事は重要な事ではなくなるし、つまらないものと認識する。美味しい食事がどんなものかすらよく解らない。
「ボクはいらない」
 躊躇いながらもハッキリ告げれば、今井は少しだけ口調を荒げて言った。
「何言ってんだよお前……昼も食ってねぇじゃねーか。母さん口うるせーけど、お前の分を用意しねぇような冷酷な親じゃねぇよ」
「解ってるさ」
 そう答えれば、今井は安堵の表情を浮かべた。

「食おうぜ、一緒に」

 その言葉に、何とも表現し難い感情が芽生えた。
 今まで、学校でもボクは殆ど食事する所を見せた事は無かった。同類という仲間を演じながら今井と共にサボる事はあったし、その中で今井が何かを食べる所に居合わせた事など幾度もある。が、それでもボクは滅多に食べなかったしそんな事を言われたのは初めてだった。
 スッと立ち上がれば、誘いに応じたと理解したんだろう。今井は心底ホッとしたようだった。
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