I love you に代わる言葉


 食事が済むとすぐに風呂に入り、今は今井が風呂に入っている。先程今井の母親が部屋に入ってきて、この部屋の押入から今井の弟が使用していたという布団を出してくれた。
「クリーニングに出して一度綺麗にしてあるから。――大分前の話だけど」
 そう言って笑う。それでも定期的に干しているらしかった。今井の母親が綺麗好きで良かった。ああ、しっかり者の親だから今井がああなのか。
 取り敢えず布団は敷かず出されたまま。ボクは髪も乾かさずただ扇風機に当たってぼんやりしていた。
 母親というものは、親子というものは、“普通”、こんなもんなのかな。今井にも父親が居ないから父親というものはやはり解らないままだったが。そういえば何故居ないのか。離婚か死別か。恐らく前者だろうと思う。何となくだけど。
 そんな事を考えていたら、今井が戻ってきた。早いな、ちゃんと洗ってんのかこいつ。十分程度しか経ってないんだけど。
「あれ? お前まだ髪乾かしてなかったのかよ」
 髪をタオルでガシガシと拭きながら尋ねてくる。
「自然乾燥でいいさ」
「髪に悪いぜ」
 女かよこいつ……。
 今井は鼻歌を唄いながらドライヤーでその金髪を乾かし始めた。それを半ば呆れた顔で見ていた。
 この暑いのによくドライヤーを使えるなと少々感心もしたが。
「お前いつも何時に寝てんだ?」
 ボクが本を読もうとそれを開けば、髪を乾かし終えた今井が尋ねてくる。
「別に決まってないさ」本に目を落としながら素っ気無く答えた。
「ふぅん。お前が寝てる姿って想像出来ねーな。いつも起きてるイメージだ」
「アンタはいつも寝てるイメージだ」
 そう言って鼻で笑えば、
「……うるせーな」
 そう言って今井がこちらを睨んできた。だけど全く迫力の無い顔だ。それはこんな会話を何処か楽しんでいるかのような。そう見えたのは、多分、ボクも同じだったからだろう。
 他人とこうして共に過ごす事は初めてだったし、こんなやり取りをしたのも初めてだった。中学の修学旅行も行かなかったし。初めての感覚に落ち着かないが、それでも心地の悪いものではない。
 同類だと勝手に決め付けてこれまで学校や授業をサボったり万引きなんてしていたが、こいつは同類ではなかった。こいつはそれなりに温かい場所で育ったんだろう。今井の母親を見て、今井の性格に納得した。髪の毛の染色もそれなりの悪事も、年頃になってグレたという、その程度のもんだろうと思う。――そう、ボクとは違う。『同類』なんかじゃなかった。今井の方がずっと温かい場所で育っていて、ボクみたいに心が冷え切ってはいなかったんだろう。
 それでも今、ボク等の関係を『友達』と呼ぶのだろうか。呼んでも、いいのだろうか。……何考えているんだろう。愚問じゃないか。そんな事問えば、――何言ってんだよ! 当たり前だろ! なんて呆れて、だけど何処か得意気な顔して返してくるんだ。こいつの事だから。



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