I love you に代わる言葉
 直視出来ないと思ったものを直視してしまった瞬間、ボクは言い様の無い感情に支配された。あの時の……手当てされた指先から感じる熱よりも、もっと熱くて重い。
 だけど、心は暗闇に沈んでいく。ボクの瞳が暗く霞んでいく様だ。
 彼女は自分とは大きく懸け離れた世界で生きている。それは即ち、相容れない思想であるという事。近くに居るべき人間ではないという事だ。少なくとも、ボクはそう思う。
 やはりくだらない。そんなものは所詮ただの戯言。自然の神秘とやらはどうか知らないけど、世界の美しさ? 世界なんて汚いものばかりだ。


「――それよりさぁ、」


 黒い感情の所為で、予想外に低い声が出た。
「はい?」
 おねーさんは、暫く無言でいたボクが突如口を開いた事に驚いた表情を見せたが、低くなった声には何も感じていない様だ。
「ボクが壊した紫色した石、あれ捨てたの?」
「ああ、ありますよ……それが何か?」
 聞いて安堵する。
「ちょっと見せて」
 そう言うとおねーさんは嬉しそうに笑った。さっきの言葉を聞いて、ボクが石に興味を持ったとでも思ったのだろうか。少しお待ち下さいねと言って、カウンター横、少し離れた場所にあるバックルームに入って行った。そして数秒後、皿に乗せて出てくる。それをカウンター上に優しく置くと、どうぞと言ってボクの前に置いてくれた。
 石と、ご丁寧に欠けた部分まで置いてある。それも処分しなかったのか。
 よく観ると拳一つ分程の大きさはある。角、というか何やら紫色した所が欠けていて、下方、黒っぽく汚い色の部分は問題無さそうだった。
「思ったよりは欠けてないね」
「群晶だからだと思います。結晶が母岩に守られたのかも知れません。硬度が[七]と高い方ですし」
 グンショウ? ボガン? 専門用語か? まぁいいや。何かよく解らないけど適当にへぇと相槌を打っておく。おねーさんは苦笑している。今言った事こいつ絶対に理解してないなと思ってるんじゃないのその顔。
「硬度が低いものだと、簡単に粉々になるんですよ。爪で削られる程柔らかい石もあります」
「ふーん」
 石への関心があるのか無いのか判断に困るのか、おねーさんはやっぱり苦笑した。
「これ高いの?」
「二千五百円くらいです」
 想像よりは安かった。ボクは財布をズボンの後ろポケットから取り出す。
「……弁償なら結構ですよ」
 ああ、そうか。そう見えるのか。
「違うよ。欲しいから買うんだ」
 嘘だけど。
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