I love you に代わる言葉


 襤褸(ぼろ)のアパート、その一室。ボクは真っ暗な家に帰宅する。明かりの灯る家に帰宅した回数は多くない。
 家具はそれなりに揃えてあるのに、何処か殺伐とした空間。「今」、この家に帰るのはボクだけだ。
 寒くもないのにひんやりとするリビングに冷たい視線を向ける。無駄に綺麗な部屋。無駄に綺麗な台所。否、使用頻度が極端に少ない故に、埃の被った汚い部屋だ。
 先刻までキラキラ光る空間に身を置いて。そう、例えるならばそこは「夢」。
 時計のカチカチ音だけ響く無の空間に身を置いて。そう、ここは「現実」。
 ボクは電気も点けず、リビングの隣に位置する自室へと向かった。
 ドカッと軋むベッドに腰掛けて、紙袋を開け中のものを取り出した。紙袋の中に白い箱。箱の中にアメシストやらが入っているが、ふわりと気泡緩衝材で包まれている。石が壊れない様にそっと包みを開く。
 姿を現したそいつは、外部から差し込む明かりに照らされてらてらと光沢を放つ。結晶の先端が鋭く尖っていて、やっぱり凶器みたいだった。
 暗い部屋、目を伏せ一人小さくフッと笑みを零す。おねーさんみたいなふわりとした笑顔じゃない、ただ口の端だけ吊り上げた闇の帯びる笑み。だけど、今日は何とも言えない感情を一緒に含んだ笑みに思う。
 さて、こいつをどうするか。
 使い道の無いこんな石、別に欲しかった訳じゃない。ボクにとってこれは、借りを返す為の道具だった。実質的には、ただ弁償しただけに過ぎないけど。購入した事でおねーさんが喜んでいたし売上に貢献出来たんだから立派に借りを返した事になるだろう。
 目を閉じてもう一度口元に笑みを作る。が、ハッとして目を開けたと同時に、笑みを作った筈の口元は一瞬で歪んだ。自分の取った行動が理解出来なくて顔を顰める。
 ――そもそも「借り」って何だ? ボクはおねーさんから恩義を受けたと考えたのか? いや違う。恥辱だ。あんな小さな傷を女なんかに手当された事が屈辱だっただけだ……!
 ボクは立ち上がり、持っていたアメシストを床に叩き付けようと右手を振り上げる。直後に自分の耳に届く音は、ガシャンッとかパリンッとか、そんな音じゃなく。
「――くそっ……!」
 歪められた己の声だった。
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