I love you に代わる言葉
 背後を振り返れば、感情を押し殺すような険しい表情で俯く今井がボクの目に映った。漸く悟る。こいつの考えている事を。それはたった今ボクに、ある感情が生まれたからだろう。同じだけの想いじゃなくても、まぁ、ボクも……それなりにさ。
 靴を履いて暫く無言で突っ立っていれば、流石にどうしたものかと今井が背後から怪訝そうに声を掛けてきた。
「?……日生?」
 ボクは返事をしなかった。そして十数秒の沈黙が過ぎた後に、ポツリとボクは呟いた。
「……助かったよ、ホント。それなりに感謝もしてるしさ。……アリガト」
 そう言うと、ハッと息を呑む気配がした。今井の無言を背中に聞くと、ボクはそっと目を伏せた。
 家でいつも一人だった。存在しているだけの存在。誰とも話す事も無く、表情が動く事も無い。ただ呼吸を繰り返して、ただ生きているだけ。そこに、居るだけ。する事が思い付かなくて、遊び方も解らなくて、一人でいつも本を読んでいた。そこから得た、無駄に豊富な知識、役立てる場所も無い。居ても居なくても、誰も困らない、……そんな存在。友達と呼べる者も居なくて、欲しいとすら思えなかった。
 心の底でそれでも何かを望めたら、求める事が出来ていたなら、もっと早く何かが変わっていたかも知れないのに。何も望む事は出来なくて、そこに意味すら見出せなくて。
 一人の時には気付かなかった。それが当たり前過ぎて。誰かと一緒に居て、話せる人間が居て、やっと解ったんだ。
 一人は……寂しかったんだって。孤独とは、死に等しい。
 思い出すのは、外部から切り離された、闇の空間。一人だけ、隔離されたような。ボクを一人残して、外へ駆けていった忌々しい女の後姿を、今でもまだ、憶えている。
< 216 / 415 >

この作品をシェア

pagetop