I love you に代わる言葉
「あんたよく見ると可愛い顔してるねぇ」
「……は?」
 はははっ、と顔をくしゃりとさせて笑うオバサンは、ボクが思っていたのとやはり違い過ぎていた。が、そんな事を言われて気分が良くなる筈がない。
「目もパッチリとしてて。吊り上げて睨む様が生意気そうで可愛いよ」
 ボクがどれだけ睨もうがオバサンは動じない。此処の従業員は何なんだ。意外と図太い神経なのか。
「――あのさ、可愛いって言われてボクが喜ぶと思ってんの? からかう為に呼ばれたんならボクは帰るよ」
「ははは、悪かったよ。花恋ちゃんから話を聞いて、あんたとはちゃんと話してみたかったんだよ。この間はアメシストの群晶を買ってくれたみたいだねぇ」
 帰ろうと踵を返したが、結局オバサンの言葉に引き止められてしまった。
「あんた名前は?」
「……答えなきゃいけないの?」
「私も知りたいです」
 オバサンに向けていた視線を、おねーさんの方へと向けた。オバサンとボクとの会話を初めは微笑んで見ていた。ボクが帰ると言い出した時は少し慌てていた。だけど口を挟まず様子を見守っていたおねーさんが横からそう言った事には少々驚いた。
「……日生。」
 僅かな間を置いて、そっぽを向きながら名字を名乗った。
「日生くんと言うのかい。下の名前は?」
 ボクの眉間に皺が寄る。僅かに瞳が揺れた。
「別に名字だけでいいだろ」
「まぁ別にいいんだけどねぇ。ただの好奇心さ。教えたくないのかい?」
「ボクは自分の名前が嫌いだからね」
「変な名前なのかい?」
 ……何だこのオバサン。心の中で舌打ちをする。
「いいじゃないですか、藤村さん。名字だけでも」
 困惑した表情を浮かべながら、おねーさんがオバサンの行動を止めに入る。これ以上しつこくするとボクが帰ってしまうと思ったのだろうか。うん、おねーさんの判断は正しい。きっと帰る。
「ところで日生さん、あのアメシストは……、」
「ははは。花恋ちゃんの方が年上なんだから、そんなに畏まらなくてもいいんじゃないかい?」
 おねーさんがボクに何かを尋ねようと口を開くと、オバサンが横から口を挟んでくる。
「でもお客様ですし……」
「別にいいんじゃない? そんな事気にしなくて」
「あんたは少し気にした方がいいねぇ」
 そう言ってはははっと笑う。
 ……くそっ、何だこのオバサン。心の中で二度目の舌打ちをした。
「じゃあ……いきなり馴れ馴れしくは出来ませんが、せめて名前だけ。『日生くん』と呼びますね」
 そう言って微笑むおねーさんから視線を逸らした。
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