I love you に代わる言葉
「おい、いい加減に――」
 シンが身を乗り出して言葉を放とうとしたが、即座にシンに視線を投げ掛ける事で、ボクがそれを制止する。ボクの様子を見て驚くシンを尻目に、真っ直ぐ女を見据えた。――けど。
 全てを遮り、強いオーラを放ちながら、ザッと靴音を立てておねーさんは一歩前へ出た。口元に薄く笑みを浮かべながら堂々と女の前に立つと、おねーさんはゆっくりと口を開いた。
「ご安心ください、お母様」
 ボクはハッと息を呑む。


「――少なくともあなたより、ヒカリくんを幸せに出来ますから」


 ボクは目を見開いた。おねーさんを凝視したまま、刻が止まる。多分女も、そしてシンでさえ、一瞬刻を止めたと思う。
 世界が刻を止めたこの一瞬、生まれて初めて、ボクは『愛』というものを知った。
 おねーさんは何処までも穏やかに、けれど強く自信に満ち溢れた口調で言い放った。立ち姿は気丈で、眼差しは強くも澄んでいて。これっぽっちも傷心した様子は窺えなかった。いや、本当に何のダメージも受けていないんだろう。そんなものは疾うに過ぎ去ったものと言わんばかりの、強い姿。今ので、逆に女を憐れんだんじゃないだろうか。
 ボクはおねーさんの何処までも気高い姿を見て、泣きたくなった。ボクを守ろうとする優しさ。そして、ボクの母親だと察したからこそ浴びせない、罵声の言葉。言いたい事は、沢山あるだろう。感情任せに殴ったとしても、おねーさんに非は無い。それでもおねーさんが取った行動は、ボクを守るという事のみ。
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