I love you に代わる言葉


 遠慮がちにリビングに通ずる引き戸を開けた。すると、
「ああ、日生。起きたのか」
 リビングに入ったと同時に、声を掛けられた。声がした方を向くと、シンが敷かれた布団の上に片方だけ膝を立てた姿勢で座っていた。テレビが点いているから、どうやらテレビを見ていたらしい。目が合ったけど、ボクは気まずさに目を逸らした。けど、
「眠れたか?」
 シンはいつもの静かな口調で、そう、問い掛けてきた。
「え……ああ、まぁ、ね」
 視線を彷徨わせながら、ちょっとぶっきらぼうに、まるで初対面の人を相手しているかのように、ぎこちない返事を返した。シンは、ならいい、と静かに言うだけで、テレビへと顔を向けた。
 ちらと薄暗いリビングを観察する。シンが座る布団からやや間を空けた隣に、もう一つ布団は敷かれていて、そこには今井が寝ていた。……こいつそのまま泊まったのか……しかも気持ち良さそうに熟睡中だ。ボクは小さく溜息をついた。昨日はこいつの余計な一言の所為でああなったというのに……まぁ言い換えれば、こいつが切欠になってくれたとも言えるが。電気を点けないのも、カーテンを開けないのも、テレビの音量がやたらと小さいのも、寝ている今井を気遣っての事だろう。以前泊まりに来た時もそうだった。そんな事を考えながらテレビを観ているシンを見ていると、
「日生」
 シンは突然此方を向いて、静かに、けれどハッキリと呼び掛けてきた。シンを見れば、とても穏やかな漆黒の双眸が、ボクを真っ直ぐに捉えていた。
「……昨日は悪かったな」
 シンはとても真っ直ぐに謝罪の言葉を述べた。ボクは驚いて目を見開く。誠実で潔いシンの態度に、動揺が生まれると同時に、少しだけ心も打たれた。そしてボクは、昨日の自分があまりにも恰好が悪過ぎて、己の所業を酷く恥じた。
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