I love you に代わる言葉
「いらっしゃいませ」
 店の前に無言で立つボクと目が合う。キラキラした店に立って無駄にキラキラした笑顔でそう声を掛けてきた。
 ショッピングモールに集結されたテナントの一つだから、扉という入り口らしい入り口はない。店内へは簡単に踏み入れられるそこ。
 此処で引き返したら不自然で怪しい。一度店内へ入ろう。そう思い店内へ足を踏み入れた。
 若い女店員が何か作業をしてこちらを見ていない隙に、女を観察する。盗む隙をもそこから見付け出す。
 ボクは僅かに目を細めた。女に対し無関心なボクでさえ、その女の容姿は整っていると分かる。手入れされた艶のある長い黒髪に白い肌。二重のパッチリした目。頭から足の爪先まで手入れが行き届いているのではと思える。
 不意に目が合う。
 しまった、観察が過ぎたか。慌てて視線を逸らしたが、女はこちらに近付いてくる。
「何かお探しでしたらお伺いします」
 微笑を浮かべたその女に、思い切り声を掛けられてしまった。
 別に探しているものなんてない。欲しいものもないんだ。今まで鬱憤を晴らしたくて万引きという悪事を行ってきただけなんだから。
「……別にないよ」
 素っ気無い返答に女は困った様子で整った眉を下げたが、そんなものに構わずボクは背を向けた。はは、キレーなおねーさんも流石に今ので気分を害したか。そう思いチラッと盗み見る。
 女はボクの予想に反して、穏やかな笑みを浮かべているだけだった。扱いにくい客に困っている風ではあるが、人の良さそうな顔でこちらを見ている。
 ちっ、と小さく舌打ちをした。
 何ともやりにくい。万引き出来なくてどうという事ではないが(盗った物が欲しい訳でもないし)、してやったという満足感を得られない事に多少なりとも苛立ちを覚える。
 今日はもう帰ろう。
 苛立ちを露に踵を返すと、ガシャンッ、と思いもよらぬ音が店内に響き渡った。音のした方――足元を見ると、ガラスの破片が散らばっているのが見える。
 ちっ、と二度目の舌打ちをした。
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