I love you に代わる言葉
 振り返った勢いで傍らにあったガラスの商品に当たったか。――いや、此処は鉱物店だ。商品は石の筈。という事は割ったのは商品が置いてある皿か。皿であったとしても面倒だな。――どうする? 逃げるか?
「大丈夫ですか!?」
 今まさに走り出そうとしたところ、女店員が心配する声を上げてこちらに向かってきたので逃げそびれてしまった。
「大丈夫ですか? お怪我は……」
 逃げ出すでもなく片付けるでもなく呆然と立ち尽くすボクに、女は声を掛けてくる。その表情は、心底心配してくれていると分かるお人好しの顔そのものだ。
「……別に」
 搾り出した言葉と声が素っ気無いものであったにも関わらず、女は心底安心した様に胸を撫で下ろしていた。他人に向ける優しい瞳。何故そんな瞳を向けられるのか。
「お怪我が無くて良かったです。此処は私が片付けます。危ないですから下がっていて下さい」
 そう言って笑顔を向けた女は、しゃがみ込んで――その所作すら丁寧で淑やかだ――ガラスの破片を素手で寄せ集めた。バカじゃないの? 自分が怪我をするかも知れないのに。箒で集めた方が安全だし早いに決まっている。
 そう考えたら思わず声を掛けていた。
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