I love you に代わる言葉
 家の中に入って、花恋さんはぐるっと室内を見渡していた。殺伐とした空間であるにも関わらず、花恋さんは嬉しそうに瞳を輝かせながら室内を見ていた。……しかし不思議だ。温もりなどない筈なのに、花恋さんがいるだけで急激に室温が上がる気がするし、彼女の雰囲気や形(なり)がそう見せるのか、部屋が華やかになった気さえする。それは暗闇に火を灯すみたいな、それは寒さに凍える身を、暖炉で温めるみたいな、殺伐とした場所に花や緑を植えるみたいな、温かく優しい空気に変化してゆく。こんな場所で彼女が笑うという幸福を、過去に想像出来ただろうか。
 ボクはキッチンに近付き、埃まみれのそこを人差し指でつーっとなぞってみた。触った部分が変色(正しくは、埃を取り除いで逆に綺麗になった)する程埃は溜まり、それは即ち、使用されていないという事。“あれ”以来、やはりここには来ていないのだろうか。ボクの持っている鍵がまだ使えるという事は、ここは引き払われてはいないという事。それは……もうボクがここに住んでいないという事に気付いていないとも言える。哀しくはない。でも、何も思わない訳でもない。
「ヒカリくん」
 呼ばれ、ハッとする。振り向けば花恋さんはとても柔らかい表情でこちらを見ていた。
「あちらの部屋も、見てもいいですか?」
 そう言って、襖の奥――ボクの部屋を指した。うん、と返事をすれば、彼女は嬉しそうにそちらに向かっていく。殺風景である筈のこの家があったかいなんて錯覚は、やっぱり錯覚じゃないかも知れない、なんてボクは思った。
< 406 / 415 >

この作品をシェア

pagetop