I love you に代わる言葉
 花恋さんが奥の部屋を見ている間に、ボクはリビングにあるテーブルの近くに腰を下ろし、持ってきた紙袋から中のものを取り出した。
 一つは、昨夜書いた手紙。
 一つは、花恋さんに借りを返すと言って、購入したアメシスト。
 これをここに置く為だけに、今日ボクはここに来た。花恋さんと一緒に来たかったのは、単に、傍にいてほしかった。ひとりでここに来るには少しばかりの勇気が必要で、その“少しばかり”がボクにはなかった。幸福から絶望へと突き落とされる感覚に陥りそうで怖いなどと、臆病者の思考が先に立ったというだけの話。
 ボクは右手にある手紙をじっと眺めていた。すると、
「……お母さんに宛てた手紙ですか?」
 静かな問い掛けが、ボクの耳に届く。声のした方を向けば、花恋さんは襖の近くに立ってこちらを見ていた。ボクは手紙に視線を戻し、小さく頷いた。花恋さんは何も言わなかったが、きっと今も優しい目でこっちを見てるんだろう。ボクはテーブルの隅にそっと、手紙を置いた。そして、
「……この、アメシスト、さ、」
 手紙の隣に置いた石をぼんやりと見つめながらぼそぼそと言葉を紡ぐ。花恋さんはボクの近くに歩み寄ると、少し間を開けた隣にゆっくりと腰を下ろした。無言はきっと、言葉の続きを促しているんだろう。それを察し、ボクは続けた。
「……ここに置いておこうと思うんだ。ボク達を繋げた最初のものだし、話す切欠をくれたもの、だからさ」
 最初は、ボクの感情を掻き乱す元凶としていつか復讐してやろうと思っていたのに、いつの間にか、ボク達を繋げた『光』に変わっていた。その『ヒカリ』をあの女は欲し、ボクに『ヒカリ』と名付けた。けど、ボクはあの女の『ヒカリ』にはなれず、結局捨てられた。せめて人生で一度くらい、あの女に『光』を与えてみよう。これをここに置いたって、あの女がこれに気付く日なんて来ないかも知れないけど。この手紙だって、読まれないかも知れないけど。ボクが何かしてやれるとしたら、これくらいだ。
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