I love you に代わる言葉
「――ねぇ、箒でした方がいいんじゃない?」


 頭上から降ってきた声に驚いたのか、女は顔を上げてこちらを見た。けれどもまた、困った様に笑う。
「そうですね。でも、つい先日古くなった箒を処分してしまって、他店舗から借りないと無いんです。借りに行っている間に他のお客様が此処を通ったら……靴を履いているので足を怪我する事は無いと思いますが、念の為隅の方へ寄せておこうかと」
 成る程ね。でも、踏んでも問題無いのなら、念の為も何もないと思うけど。
 そう思ったけど、このお人好しを更に困らせる趣味なんてないから、その言葉は飲み込んでおく。
 女の様子を暫し観察した後、ボクもその横に腰を下ろし、一緒に破片を集める。そんな行動に驚いたのか、女は瞳を丸くしてこちらを見る。恐らく、ボクが一緒に片付けてくれる男に見えなかったんだろう。
「元々ボクのせいだからね」
 女の顔も見ずにそう言った。女は慌てた様子でボクの行動を制止する言葉を吐く。
「怪我をされてはいけませんから」
「いいよ気にしなくて」
「気にします。――あ」
 女が何かを思い付いた様に立ち上がったので、その動きを追ってボクは女を見上げた。
「私は箒と塵取りを借りてきますので、此処を見てて貰えますか? あ、破片は触らないで下さいね。――この時間、お客様が来店する事はあまり無いですが……もしもの時は注意を促して頂ければ」
 そう言って女は笑う。
「……他の従業員居ないの?」
「はい。平日のこの時間、一人体制になる事多いんです。小さいし特殊なお店ですからね。だからやむを得ず席を外す場合はとっても困るんです」
 そういえば、確かにあのオバサンもこの時間一人で居る事多かったな、と思い出す。
「何の用があって席を外すのさ」
「それはまぁ、色々です。此処に居るだけが仕事ではないので。現に今も外さなくてはいけませんし」
 此処でボクが断れば、女は全部集め終わるまで素手でその作業をやりかねない。それに何より、ボクは早く帰りたい。女の要求を呑んだ方が、僅かだが得だろう。
「ふーん。まぁいいよ。早く戻って来てよね」
 そう言うと、女はありがとうございますと言ってレジスタに鍵を掛け、その後店外へと駆けていった。
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