I love you に代わる言葉
「……テンセイセキ、」


 言い慣れない単語を呟いた。それを聞いてオバサンは驚いているみたいだった。興味が無いのを知っているから、ボクがそんな言葉を紡ぐとは露程も思ってなかったんだろう。
「天青石か。うん、あれはとても綺麗な石だからね。無色のものもあるけど、淡い空色に色付いたものが多く……」
「知ってるよ」
 社長の説明途中で話を遮った。話が長くなりそうで面倒だったからだ。実際、空色なのはさっき写真を見て知ってたし。
 ボクの態度に少々驚いた様だが、社長は苦笑しただけだった。まぁボクに腹を立てたとしても、客商売なんだからそれを表に出す訳にはいかないんだろう。
「実物は見た事あるかな?」
「ないよ。写真だけ」
 そう言うと男は、先刻何やら物色していた棚へ向かった。これからの展開が読める。絶対にテンセイセキとやらを持ってくる気だ。ボクは見たいなんて一言も言ってないんだけど。
 男は腰を下ろし出しっ放しで積み上げられた引出しの中から箱を一つ取り出す。それを持ってこちらに向かってくる様子を無言で見つめた。
「これがマダガスカル産の天青石だよ。硫酸ストロンチウムを主成分とする鉱物でね、その成分がこの青の発色原因でもあるんだ。天青石は和名なんだよ。セレスタインやセレスタイトとも呼ばれている。『空色』という意味だ」
「へぇ」
「触ってみるかい?」
「あ、うん」
 差し出された石を受け取る。実物は想像以上に綺麗だった。ボクが見た鉱物図鑑の写真より、その青は強く発色している様な気がした。だけどその青は何処までも透き通っていて、以前おねーさんが言っていた『美しさに魅せられる』という表現が、ほんの少しだけど理解出来る気がした。
「……キレーだね」
 呟けば二人の笑う気配を感じた。
「天青石は硬度が低くとても軟らかいんだ。おまけに劈開性のある石でね、ジュエリー加工が難しい。それにカットしてしまうと、その綺麗な空色が完全に失われてしまう。だからこの石はこうして自然のまま、結晶の姿で居る方が美しいんだよ」
「へぇ。――ねぇ、へきかいって何さ」
「劈開というのは、鉱物学、結晶学、岩石学用語だよ。鉱物の場合は、特定の面に沿って、平行に規則正しく割れる性質の事を言うんだよ」
「ふーん」
「因みに、主成分であるストロンチウムは、加熱すると赤色の炎を発するから、花火の赤色にストロンチウムが使われているんだよ」
「へぇ」
「――流石社長。石の魅力を伝えるのもお客さんを引き込むのもお上手ですね」
 ボク達の様子を無言で見ていたオバサンが口を開いた。
 まぁ確かにね。オバサンの言う通り社長なだけあるなと思わざるを得ない。石に興味をそそられるというよりは単に勉強になる。雑学として、だけど。
「だけど日生くんがその石を好きだなんて驚いたよ」
 綺麗だとは思うよ。だけど別に好きじゃない。心の中だけでそれを呟き、持っていた天青石を男に返した。
「――石というのはとても奥深いものでね、成分の含有量や生成のされ方で価値のあるものになったり、成り下がったりするんだよ。例えば――、」
 ご教授願った訳でもないのに目の前のこいつは説明を続ける。奥深いという事はまぁ理解したが、流石にこれ以上付き合うのは面倒だ。そろそろ帰ると切り出そうとした時だった。
「こんにちは」
「!」
 高過ぎず低過ぎない、落ち着いた声がボクの背後から届いたのは。
 ドキリとした。
 驚いて振り返った先には、――おねーさんが居た。
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