I love you に代わる言葉
「社長、藤村さん、お疲れ様です」
 そう二人に声を掛けた後、「日生くん、お久し振りです」とボクに向かって言った。薄く開いたボクの口は何かを紡ぐ事はなかった。柄にもなく驚いて目を見開いたまま。だけどすぐさま我に返って視線を逸らす。
 言葉はやっぱり出なかった。
 妙な感情が駆け巡って思わず顔を顰める。
「花恋ちゃん、どうしたんだい?」
 思い掛けないおねーさんの登場に驚いていたのはオバサンも同じだったみたいだ。その目は丸くなっている。
「お店に置いてある鉱物図鑑を少しお借りしようと思って。近くに用事があったので寄りました」
「そうだったのかい。えー……っと、」
 オバサンはレジカウンターの後ろにある棚に手を伸ばし、数冊並んだ本の内二冊を取り出しそれを右手と左手で一冊ずつ持った。
「㊤と㊦、どっちがいい?」
「㊤で。」
「はい」
 オバサンから手渡された本をおねーさんは両手で受け取る。それがマナーなのか? ボクなら確実に片手で受け取るだろう。
「ありがとうございます。返却は明後日でもいいですか? 私明日もお休みなので」
「急がないからいつでもいいよ。他にも本はあるから」
「ありがとうございます」
 礼を述べた後おねーさんはこちらを見た。またも不意でドキッとした。
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