I love you に代わる言葉
 ボクの様子など全く意に介さず、センセーは可笑しそうにクスクスと笑った後、下を向いて何やら手を動かした。センセーの右手に握られたペンが、サラサラと動く音だけが響いている。
 静かだ。時折ピラッと紙を捲る音が響く。
 そういえばもうすぐ夏休みだな。今週末から始まる期末テストを終えればすぐに。
 ぼんやりとそんな事を考えた。夏休みになったら何をしよう。それも同時に。
 今までそんな事を考えた事は無かった。「何をしてやろうか」なら考えていたけど。
 大体「何をしよう」ってなんだよ。本当は何かしたい事があって、それを無理矢理隠す為に出た裏返しの言葉みたいだ。
 四日前の邂逅を『嬉しい』と感じてしまった自分が酷く愚かな人間に思えた。有り得ない感情に困惑して苛立ったまま家へと帰り。だけどどうだ。それをボクが認めようが認めまいが、『それ』を感じてしまったと頭さえ認識すれば、不本意ではあるが心もまた同時に理解する。
 それは諦めに似た感情なのか、或いは「ああ、そうか」と納得する感情なのか。それでもまだ全てを否定する、往生際の悪い自分も居る。
 対である筈の拒否と承認が同時に生まれ、互いに主張しぶつかり合う感情にボクは振り回されて、そして振り払いたくなって、だけどそれも出来ず結局苛立ちになる。
 だけど『嬉しかった』と感じてしまえばやっぱりもう一度会いたくなって。苛立つのだから結局こういう結論に至るんだ。
 今までのボクなら、不要と判断すれば排除する事など容易だったのにどうして。
 どうして何も、拭い去る事が出来ない――……。


「――その顔、恋わずらいかな?」


 静寂に包まれていた空間に楽しそうなセンセーの声が響いた。
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