I love you に代わる言葉
 ハッと我に返ってセンセーの顔を見れば、それはもう不気味な程にんまりと笑っている。
 センセーは机に両肘をつき、重ねられた手の上に顎を乗せている。いつの間にか走り書くペンの音など消え去っていた。それにボクは気付けなくて、センセーの視線さえ感じなかった。あの様子じゃ突き刺さる程こちらを見ていた筈なのに。
 言葉とか視線とか楽しそうな笑顔とか、それら全てが癪に障って。
「――は? 何言ってるのさ」
 冷たい目で睨み上げ冷たい口調で言ったけど、センセーは笑みを崩さぬまま、また口を開いた。
「ふと顔を上げて日生君を見てみれば、それはもう怖い顔してて。だけど妙に考え込んでいるし、時折切なそうな顔をするし。苛立っているのか不安に思っているのかはたまた焦っているのかは解らないけれど、あなた百面相してたわよ」
 解せなくてより一層眉が寄る。
 百面相だって? 自慢して言える事じゃないけどさぁ、ボクは普段大して表情は変えない。小馬鹿にして笑う事はあるけど、表情豊かな人間じゃないんだよ。
「誰かしらね? 日生君にそんな顔をさせるのは」
 センセーはそう言ってにっこりと笑ったが、すぐにその笑みは陰りを帯びたものに変化した。
「二律背反に陥って、あなたはそこでもがいている様に見えるわ」
 そう言った。
 これがただの嫌味なら笑い飛ばせるのに。
 はっ、何言ってるのさ。誰が何だって?
 立ち上がってセンセーに反論する、――筈だったが。
 開かれた扉の音にそれらは制された。
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