I love you に代わる言葉


「――くそっ……!」
 一階に位置する保健室から、二階に位置する理科実験室前の廊下へと移動したボクは、静まり返ったそこで苦々しくそんな言葉を吐き出した。
 何なんだ、今井のあの態度は。
 何なんだ、ボクのこの感情は。
 普段ボクに強く言う事のない今井が今日は妙に大人ぶってるのが癪に障った。あいつに感情を乱されるなどこの上なく屈辱だ。何なんだ、何なんだよあれは。しかも、ここ最近のボクを観察してたってのかっ、気持ち悪い。
 ――恋わずらいかな?
 ――あれは惚れるわな。
「……ッ……」
 くそっ……何なんだ、何なんだよあいつ等。
 ボクの何を見てそう言ってるのかは知らないが、勘違いも甚だしい。馬鹿じゃないのか、奴等。
 ボクは何も変わっていない。おねーさんに対して恋だの愛だのという愚かな感情など持ってはいない。そんなもの持った事はこれまで一度も無いし、色恋沙汰など興味も無い。
 そりゃ、おねーさんの事は嫌いじゃない。おねーさんだけじゃなくオバサンも。あそこは居心地がいいと感じていたから出向いていた事も認める。『嬉しい』と思ってしまった事も。だからと言ってそういう感情全てが『それ』に直結するとは限らない。少なくともボクは違う。
 ボクはやっぱり何も変わっていない。
 そう結論付けて、苛立ちを沈める為大きく息を吐いた。
 そしてゆっくりと静寂に包まれた廊下を歩く。
 今日は授業があと二時間ある。……それくらいは出るか。
 そう思い、自分の教室である二の一へと向かおうとした。が、
「――おい、日生……!」
 背後から名を呼ばれ再び立ち止まる事となった。
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