I love you に代わる言葉


 ゴンッと、鈍い音が室内に響き渡って。それからやや遅れて右の拳がじんじんと痛み出す。
 苛立つ感情を何処にも吐き出せなくて、そしてボクの憤懣を最終的に受け止めたのは、何の罪も無い保健室の壁だった。
 ほんの数分前に今井と別れてから、ボクは結局保健室に戻った。あと二時間の授業は受けるつもりだったが、そんなボクの珍しいやる気は先刻の出来事で疾うに削がれた。
 とは言え、元々この授業もサボって、午後は最後の授業だけ出るつもりだった。さっきは今井から離れたくて保健室を出たんだ。
 保健室前まで来た時、誰か一人でも室内に居るのなら途中からでも六限目を受けようと思ったが、全開だった扉から見えたのは誰も居ない空間だった為、本来の予定通り此処でサボる。
 センセーもまだ戻ってないから都合が良かった。
 まだ痛みの残る右手を見て、またギュッと拳を作る。
 ――二律背反に陥って、あなたはそこでもがいている様に見えるわ。
 脳内で木霊する声。
「くそっ……」
 まだ、苛立ちが治まらない。ボクの周囲があまりにも変わり過ぎて。周囲は真実を知っていて、それをボクにだけ知らされていないかの様な疎外感が何とも忌々しい。訳の解らない事をごちゃごちゃと言ってくる奴等も鬱陶しくて仕方無いんだ。
 ボクの感情が乱され続けて、いつか治まるだろうと思っていたがどうやらそれは違ったらしい。治まるどころか、ボクはボクらしさを失いつつある。
 ――誰の所為だ。これは一体誰の。
 全ての元凶を脳内で探ろうとした瞬間、右後方からシャッとカーテンを開く音が聞こえてきた。
「――!」
 柄にもなく肩がビクリと揺れた。酷く驚きすぐさま振り返ると、奥のベッド横に一人の少年が立っていた。
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