I love you に代わる言葉
 六組の教室を通り過ぎ五組まで来た時、後ろの扉から一人の男が出てきた。
 顰めっ面で歩いていた所為で、思わず睨み上げるように見てしまった。
 男は、昨日保健室で会った、シンと名乗った奴だった。思わず立ち止まって凝視する。
 ボクの視線に気付いたそいつは、ボクを一瞥しただけで横を通り過ぎて行った。昨日とは違い、今日は後ろを振り返ってそいつを見る。そいつは振り返る事無く六組の教室へ入っていった。
 六組の奴なのか? 五組に居る友人の所へ行った帰りか。それとも、あいつは五組で六組に居る友人の所へ行ったのか。どっちだ。
 ボクはそいつが入っていった扉をぼんやりと眺めていた。
 今井もボクの視線を追って背後を振り返るが、奴の姿はもう無い。
「……ねぇ、」
 ボクから距離を取り同じく立ち止まっている(別にこいつが立ち止まる必要は無かっただろうに)今井に声を掛けた。
 声を掛けられると思っていなかったのか、今井は驚いてこちらを向く。
「今ボクの横通り過ぎて行ったピアス付けた奴、誰か知ってる?」
「……え? あ、悪りぃ。見てなかった」
 舌打ちをし、
「役立たずが」
 そう吐き捨てると、
「ええ!? 俺そこまで言われる様な事してねーだろ! てか何もしてねーだろ!」
 背後から抗議された。
「だから役立たずなんだろ」
 背後を振り向きもせず言えば今井はブツブツと小声で何かを言っていたが、聞こえないフリをして真っ直ぐ一組の教室に向かった。



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