I love you に代わる言葉
「――じゃ、帰るよ」
 絆創膏を貼り終え、破片を全て片付ける女の様子を眺めた後、ボクはそう告げて背を向けた。女はただボクの背中に向かって「はい。お気を付けて」と言うだけで、それ以上何も言わなかった。明らかに可笑しな点があるだろう。何しに来たんだ、とか。商品を割っておいて謝罪も無しか、とか。
「――ねぇ、」
 ボクは振り返り呼び掛けた。女は驚いていたが、じっとボクを見て紡ぎ出される言葉を待っているみたいだった。
「此処へ何しに来たか聞かないの?」
 問うと一瞬きょとんとした表情を見せたが、「ああ」と質問を理解すると目を細めて笑った。笑うと垂れる目が印象的だ。
「知っていますから」
「!」
 次に驚きの表情になるのは、ボクの番だった。流石に驚いた。まさか気付かれていたなんて。初対面の女に気付かれていた事よりも、あのオバサンに気付かれていたという事実に驚きだ。女から目を逸らし俯けた顔に、不敵な笑みが零れる。その笑みを浮かべたまま問う。
「捕まえなくていいの?」
「現行犯でないと意味がありませんから」
「ああ、そうだったね」
 そう言うと、微笑を湛えたままだった女は僅かだが悲しそうに眉を下げた。眼前に立つ男がどうしようもない奴だから哀れな奴とでも思っているのだろうか。同情や哀れみを見せるその表情が、世界で一番不快な表情だ。説教の一つでもされたらまだ笑い飛ばせる。
「……もう、しちゃ駄目ですよ」
「はははっ」
 意外な言葉を投げ掛けられて声だけで笑う。
「一応覚えておくよ」
 そう言ってひらひらと手を振る。始終小馬鹿にした態度であったにも関わらず、女はやはり苦笑するだけだった。最後まで「変な女」だと思った。女の首に下げられたネームプレートを盗み見ると、そこには[笹山]と書かれていた。
「じゃ。……またね、おねーさん。」
 言い残して今度こそ店を出た。背後におねーさんの視線を感じたが、流石にどんな表情をしているのかは解らなかった。







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