愛してもいいですか
「いやぁ、よく来てくれたな。さ、遠慮せずにどんどん食べてくれ」
「はい、いただきます」
時刻は昼の十二時。予定通り取引先との食事会にやって来た俺と架代さんは静かな日本料亭の一室で、ししおどしの音を背景に座敷に正座し食事をとる。
目の前には料理の乗った膳と、禿かけた頭の中年男性。今日の昼食会の相手・SBTファクトリーの柴田社長と秘書らしい三十代半ばの男性。
SBTファクトリーは、大手イベント企画会社。この会社の企画したイベントでの会場デザインなどをうちが受け持ったりと度々繋がりのある取引先だ。
仕事の話がてら親睦を深めるために、と用意された食事会。そこそこ値段の貼りそうな高級感のある料亭は、まだ若いほうに括られる俺と架代さんには少し不似合いにも感じる。
「美味しいです、さすが柴田社長の行きつけのお店ですね」
「そうだろう?まぁ今日は仕事の話は置いておいて、楽しくやろうじゃないか。酒は飲むか?」
「いえ、この後まだ会社で業務がありますので」
そんな空気のなか、架代さんは背筋を伸ばしにこりと笑い小鉢の中の野菜を食べる。
落ち着いた顔をしているけれど、味付けの薄いニンジンの和え物は、ニンジンが苦手な彼女にはきついだろう。俺だけの前だったら『うぇー』と不味そうな顔をしてみせるに違いない。
その顔を想像しながら膳の上の煮魚を一口食べると、柴田社長は目尻に深いシワを寄せ笑う。