愛してもいいですか
「飲み物まだでしたね、俺取ってきます。なんでもいいですか?」
日向は飲み物を取りに行こうと一歩前を歩き出す。一方で私は、その場に立ち止まったまま。
「架代さん?」
無言のままの私に不思議そうに日向が振り返りかけた、その時。ライトグレーのスーツのその広い背中に、トン、と軽く寄り添った。
「えっ……?かっ架代さん!?どうかしました!?」
「……うるさい。そのまま聞いて」
「え?で、でも、」
あまりに予想外のことだからか、珍しく動揺してこちらを振り向こうとする日向に、私はその背中に頭をつけ、スーツの裾を小さく握る。
恥ずかしいから、顔を見たらきっとまた上手くは言えないから。だからこのまま、聞いていて。
「……いつも、ありがと」
私のことを、知っていてくれる。周りとの接し方も、教えてくれた。少しずつ、少しずつ、私を変えてくれた。
その言葉を持つ日向に、伝わってほしいから。
「架代さん……」
「な、なんてね!たまには!!」
けれどやはり恥ずかしくなってしまうもので、言うだけ言うとガバッと顔を離した。
「わっ私お手洗い行ってくる!飲み物適当に貰っておいて!」
自分でも真っ赤になっているのが分かる顔を見られまいと、私は体の向きをぐるんと変え、逃げるようにその場を歩き出す。
「あっ、えと、架代さん!」
そんな私の腕を引き、足を止めさせる手。
「な、なによ……」
「嬉しいです」
「え……?」
嬉しい、?
「架代さんに『ありがとう』って言って貰えて、嬉しいです」
その言葉に腕を掴む日向の顔を見れば、その頬は赤く染まっている。
いつも平気で触れたりするくせに。なんでこれくらいで、顔赤くしたりして。私まで、余計に恥ずかしくなってくる。
「ど、どういたしまして!」
わけの分からぬ言葉を返すと、私はその腕を振り払い、バタバタとホールを出た。