愛してもいいですか
「仕事用の携帯は持っていたんだから、電話してくれればよかったのに」
「それも考えたんですけど。仕事終わってそそくさと帰って行ったんで、出かける用事でもあったのかなと思いまして」
……鋭い。
その目敏いところがまた日向らしいというか。どこまで読んでいるのか……恐らく、松嶋さんと会っていたところまで分かり切っているのだろう。
黙り込む私に、丸い瞳はじっと向けられる。
「……松嶋さんと会ってた」
「へぇ。それにしてはお早いお帰りで」
「話、しただけだから」
マンションのエントランスから漏れる灯りが、日向を後ろから照らす。栗色の髪が光に透けて綺麗だ。
「私、この前松嶋さんに告白されたの。『結婚を前提に付き合ってほしい』って」
「……それはそれは、おめでとうございます」
「けどさっき、『お互いのために、なかったことにしよう』って言われた」
私の顔からその結末までどことなく予想がついていたのだろう。日向は驚く様子もなくこちらを見つめ続ける。
「結婚したら家庭に入ってほしいって言われたの。正直少し悩んでさ、こんなに自分を見てくれる理想的な人と結婚出来たらいいだろうなって」
「……そうですね」
「でも、この前彼か仕事かを選ばなきゃいけないって思った時に、気付いちゃったんだ。これまでやってきたことを投げ出して、自分の心に嘘をついても幸せになんてなれないこと。いくら理想的な人でも、それだけじゃダメなこと」
選んだことは間違いじゃないって信じている。さっさと吹っ切れて、へこんでいる暇なんてないんだから。……そう、思うのに。