愛してもいいですか
「だけど一回だけ、その人のすごい笑顔を見たことがあって。きっとこの人は自分の仕事に誇りがあって、何か目標を持った人なんだって知りました」
廊下でぶつかり、資料を見てこぼされたキラキラとした瞳から、知った。常に前を向く、その強さ。
それと同時に、その笑顔に一瞬で魅入られた自分がいて、気付いたらその日から常に目で追いかけていた。
「そんなその人に近付きたいと思うのに、気付いたらその人は、若いのにすごい立場の人になっていて……俺には遠い世界の人なんだなーって、感じました。だけどそれで諦めるなんて嫌じゃないですか」
『退職された前社長に代わり、今年度から就任致しました……』
その年の一番始め、社員全員を集めての期首集会の日。全社員の目の前に立った姿は、いつも俺が目で追いかけていたその姿だった。
いつもの白いシャツにチェック柄のベストという制服が、白いスーツに変わっただけ。
それ以外はなんら変わりのない彼女だったのだから、それはそれはひどく驚いた。
あぁ、そうか。元々手なんて届かない、遠い人だったんだと知った。
でも、手が届かないからと諦めるのは自分らしくなんてない。なら、彼女に近付くにはどうしたらいいか。
考えに考え、上司から『秘書課に異動したらどうだ』と話をされたのが、ちょうどその頃。
『秘書課、ですか?』
『あぁ。お前は気も利くし物覚えがいいだろう?上手くいけばいつかは社長秘書……なーんてなぁ』
そんな冗談とともに運ばれてきた話。
「上司から話をされた時に気づいたんですよね。そうだ、秘書になればその人の元で仕事が出来る。その人の隣で恥ずかしくない秘書になれるように、立派な秘書になろうって」
動機は不純。近付きたい、見てもらいたい、下心。知られたら引かれるかも、怒られるかもしれない。だけど、それでも傍にいたかった。
いつか、のその日を目指して。
彼女は眩しい人。あの日、あの表情を見せた日から今日もずっと。キラキラと、太陽のように光って消えずにいるんだ。
あなたのために、秘書という立場で一番近くにいよう。
本音はもっと違う呼び名の関係でいたいけれど、多くは望まない。あれもこれも一度には手に入らないとわかっているから。
少しずつじりじりと、染み込んで近づいて、気付いた時には染め上げているように。
いつかそう、俺なしでは生きられない、あなたになればいい。