愛してもいいですか
「彼を営業部に返してくださいっ……」
それまでこちらを睨むばかりだった彼女が、一瞬見せた悲しげな顔。悲痛な、切なげな表情。
その姿ひとつで、分かった気がする。彼女は、日向のことが好きなんだ。
彼女からすれば私は、彼女の傍にいた日向を奪って、そのうえ自分の近くに置いている嫌な女で、そこまで考えてようやくその目が私を睨む意味を知る。
「……別に私は、彼を奴隷とも執事とも扱ってなんていないけど」
「でもっ……」
「それに、正当な理由もなく秘書を変えるなんて出来ないから」
睫毛を伏せ、冷たくも感じるほど冷静に言ってみせた私に、西さんは言葉を詰まらせると苛立ったようにその場を駆け出した。
カツカツカツと彼女のヒールの音が遠ざかり、その場には私ひとりが残される。
西さんは日向のことが好きで、だから営業部に戻してほしいと言った。出世の早い若者、とはいえひとりの社員が社長にあれだけのことを言ったんだ、余程緊張しただろう。怖い気持ちもあっただろう。
だけど、睨みつけて、怯むことなく言い切って、その勇気はきっと彼への想いの大きさからきているもの。
それほどまでに、好きで近くにいたいと願っている。
……そんな彼女に、日向は憧れている。
先程の逆のことを言えば、日向から彼女を奪ったのも、私の存在だ。憧れていた人の近くでやっと仕事が出来て、なのに私の秘書になるためにそこを離れて。
なんだ、気付いちゃった。私、ジャマなんだ。その優しさに甘えてばかりいて、気付かなかったけれど。
「……私が、いたから」
行き着いた考えに、足からは力が抜けエントランスの端にある椅子に腰を下ろす。
日向は優しいから、好きな人の元から私の秘書にさせられても文句の人ひとつも言わなかったのだろう。
何も言わずに、仕事をこなしていただけ。気遣いも、差し伸べる手も、全て彼の“仕事”。例え本音は違っても。
わかってた、わかっていたのに。