愛してもいいですか
「……いいわ、自分で総務部に確認しに行くから。もう時間だし、市原さんはあがっていいわよ」
「えっ、ですが……」
「明日は朝早くから取引先と会うって言ったでしょ?絶対疲れると思うから、早く帰って休みなさい」
ね、と言い聞かせるように言うと、市原さんは「わかりました」と小さく頭を下げた。
そんな彼女を一人その場に残すと、私は総務部に向かうべく社長室を出た。
……なんて、あんなこと言ったはいいけど。実際は、いなくても大丈夫だから、だったりする。
市原さんは、おとなしい人でどちらかといえば真面目。それは話し方や暗い色の服装を見ていれば伝わってくる。
一生懸命で頑張っている。けど、正直あまり結果につながらないタイプだ。
いきなり社長秘書にされたのだから無理もないけれど、毎日緊張でガチガチで、顔は引きつっているし私が立ち上がるだけでビクッとする。
先ほどの通り身の回りのことまで出来ないし、スケジュール管理も私より予定を覚えられないこともしばしば。
そういえば社員名簿には今年秘書課に移ったばかりってあったっけ。新人といえば新人だから、余計かもしれないけど……。
「……はぁ、」
無意識にまたひとつ、こぼれる溜息。
「あっ、日向さん」
総務部がある三階のフロアを歩いていると、突然聞こえた『日向』の名前。その一言に反射的に振り向くと、廊下の端を歩いている姿が二つ見えた。